生活の知恵

仕事でお世話になった人のお見舞いに行きそびれてしまった話

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先日、前職でお世話になった方が亡くなった。

お世話になったと言っても半年ほど共にしただけで、期間にしてみればほんの僅かしか相手だ。

ただ、彼について思うところが多くあり、自戒と思い出を込めて記事にしておきたいと思った。

個人的な心の整理のようなものだが、良かったらお付き合い頂ければと思う。

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出会い

彼は今から約2年前、70代で僕のいた会社に入社してきた。引退後のやり残しを果たすために、色々な伝があってうちの会社に辿り着いたようだ。

キャリアも実績も豊富な方で、狭い界隈に名を刻むような人物。それでも、ほぼボランティアのような待遇で勤めてくれていたと聞いている。

僕の勤めていた会社は小さな地方の企業で、体制もかなりアバウトだった。だからこそ特殊な経歴でも受け入れることができたのだが、一介の社員でしかない僕らには、正直言ってどう扱っていいか分からないレベルの相手だった。

ここまでの情報を聞くと、相当な偏屈なじいさんが現れたと思う人がほとんどだと思う。僕も最初話を聞いた時は、まともな人が来るわけがないとかなり身構えた。

しかし蓋を開けてみると現れたのは、物凄く温和で親しみやすく人当たりの良いおじいさんだった。入社以降、怒っているところはおろか、イライラしている姿すら一度も見ることはなかったと思う。

あの年齢で実績を積み重ねてきた人とは思えない人となりをしていると感じていた。歳を重ねて丸くなっただけなのかとも思ったが、怒る姿を見せることは昔から全然ない人だったらしいことを最後に知った。

ただ仕事に対してはとにかく頑固で人の話を聞かないし、今風の考え方も持っていないのでとにかく手を焼いた。しかも仕事への熱量が半端ではなくて、とにかく色んなことをしたがる。働くのが楽しかったのだと思う。困ることの方が多かった。

僕は仕事の都合で彼と行動を共にすることが多く、話をする機会もそれなりにあった。仕事で対抗できる知識も持っていなかったので、とりあえずニコニコ彼の話を聞いて過ごす、そんなことを繰り返す日々が続いた。

彼はいつも本当に楽しそうに話をする人だった。
今の話も昔の話も、ネガティブなことや文句を聞いたことは一度もなく、前向きなことばかりを話す。本当に生きる活力に満ち溢れている人だった。

だから僕は、彼の話を聞いているのが嫌いではなかった。人によっては老人の自慢話に付き合わされているだけで退屈な時間だったと思うが、僕は自分が全く経験したことのない話を聞ける機会だと思っていた。

「仕事を一生懸命やりたいなら、仕事に関連する熱意を込められる趣味を持った方が良い。それがあると不思議とどちらにも良いことがあるものだから」

彼が笑いながら話してくれたことで、一番心に残っているのはこの言葉だと思う。今のご時世では特別優れた名言でもないが、彼の年齢でこの価値観を持っている人は珍しい。だからこそ、彼は人とは違う名声を得ることができたのかもしれない。

そういう接し方をしていたからか、僕は何故か彼にとても気に入られていたと思う。物凄く評価もしてくれていたし、何かと話しかけられることも多くなった。

でも、僕は彼が入社してきた時にはもう退職の意思を固めていて、彼の熱意に応えることはできなかった。それを知らない彼の前向きさには、向けどころのない申し訳なさを感じたりもしたものだ。

正直、仕事についてはあまり良い出会い方ができなかったと思う。

もっとも仕事を辞める決意をしていたからこそ彼の与太話を楽しめただけで、普通に仕事をしていたらどうしようもなく邪魔な存在になってしまっていた可能性もある。人間としては逆に良い出会い方をした、と言えるのかもしれない。

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別れ

退職してからも、僕は諸々の事情で前職の事務所に出入りしている。詳しくは伏せるが、関係がゼロになったわけではない。

だから事務所を訪れた時に彼に出会うこともそれなりにあった。相変わらずニコニコしていて、僕が勤めていた頃の仕事の名残などがあると話して聞かせてくれた。僕も相変わらずニコニコ笑って返すことだけをしていた。

時たま僕に会いたがっているという話も他の従業員から聞くことがあった。いや、そんなに気に入られることをした覚えはないが、まぁあれくらいの年齢になるとまともに話を聞いてくれる人も少なくなるだろうし、"楽しく話を聞く"のがそれだけ大きなことだったということかもしれない。

そんなアバウトなやり取りで1年以上が経過したある日、彼が突然倒れて入院したという連絡が入った。急性心筋梗塞だったようだ。

元々人工透析が必要な身で、身体はお世辞にも良い状態とは言えない人だった。そんな状態でもかなり強烈なタバコを吸っていたし、正直いつどうなってもおかしくないような生き方をしていたのは間違いない。

何とか一命を取り留めたもののICUでの治療が必要で、一時はかなり危険な状態だったようだ。だが程なくして、一般病棟に戻ることができたという話が耳に入ってきた。

その状態でも生きる活力に溢れていて「拾われた命だからしっかり使い切らんと」と言って、仕事復帰する気満々だったらしい。どこまでも仕事が好きで生きてきた人なんだなというのがよく分かる。

だからきっとこのまま回復して元気になるんだろうし、また事務所で顔をも合わせることがあるだろうと軽く考えていた。お見舞いも自分は退職した身だし、現役の若い社員とタイミングを合わせて行けば良いとして、自分から動くことをしなかった。

そんな経緯で彼が倒れたことの衝撃もほとんど薄れてしまったある日、彼が再びICUに戻ってしまったと知らされた。

この時点で嫌な予感はしていたが、後から聞くと「もう戻って来られないかもしれない」と言われての移動だったようである。

仕事復帰して彼に会うのはおろか、お見舞いに行くこともないまま、彼と話す機会を失った。

それから約2週間後、そのまま彼は帰らぬ人となった。

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抱いた気持ち

実のところ僕は、大変な幸運なことに未だ祖父母以下の親族の不幸に見舞われたことがない。その分今後どこかで沢山出会うことになるわけだが、今のところは回避して生きてきている。

そのせいで、彼についても一般病棟に帰ってきた時点で「何となく大丈夫なんだろう」と思い込んでしまっていたところがあり、大した確認もしないままにどこか瑣事として済ませてしまっていた。

実際、彼の70年以上の人生で僕の存在なんて些末なものだ。

僕は言うほどに彼のことを知らないし、彼は僕のプライベートなんて何も知らない。ただ仕事中に仲良くお喋りしていただけの同僚未満の人間に過ぎない。通夜にも参列したが、それも便宜上会社の一員として枠組みに入っただけ。個人的な接点なんて何一つない相手だ。

だから別にこれはおかしな処理じゃない。
「あぁ残念だな」で済ませて終わらせてしまって良いようなことなのだと思う。

それでも僕は何故だか彼のことを思い出すし、一言話をしておけば良かったという気持ちが拭えない。

今になって思うが、前職についてかなり心が荒んでいた退職直前の僕にとって、歳が離れていて仕事のネガティブな話題を出さなくて良い彼の存在は、良い気紛れになっていたのだと思う。身勝手な話だが、迷惑をかけられながらも、彼に救われていた面もあったのだろう。

そんな彼の死だからこそ、想像していたより動揺してしまった。「何故あの時ちゃんとお見舞いに行かなかったのか」と、物凄く後悔している自分がいるのに気付いた。

「どうせ大丈夫だから」「どうせまた会えるから」と思って後回しにしていたことが、ここまで心に痕を残すとは思わなかった。そして自分の持つそういう感性や価値観が、まだ酷く幼いものだったのだと痛感した。

最後の2年間で、彼は仕事の心残りを果たすことができたんだろうか。

最後に選んだのが僕のいた会社で、本当に彼は幸せだったんだろうか。

僕がもっと仕事に協力的だったら、彼はもっと良い仕事ができたんじゃないだろうか。

倒れて入院してから、何を思って病院での毎日を過ごしていたんだろうか。

ふとした時にそんなことを考えてしまっている。

その姿と声を最後に確認する機会は幾らでもあったのに、それをしないという選択を取ったのは自分自身だし、そもそもそんなことは僕が考えるべきことじゃない。果たすべき責任でもない。でも、気になってしまっている心の動きは変えられない。

遺影に写った彼の顔は、最近顔を合わせて会話した姿と全く変わらなかった。当たり前のことだが、その当たり前が辛かった。本当の彼がどんな人だったかは分からない。ただ、僕にとっての彼は本当に良い人だったから、その人が変わらぬ姿でこの世を去ってしまった事実に、胸を締め付けられた。

最後に彼と交わした言葉は何だっただろうと考えたことがある。こんなことになると思っていなかったから、ごく単純に事務的なやり取りをしたはずだ。「お疲れ様でした」と声をかけて「また来てね」と言われたような気がする。

そうして"また"なんて絶対に来るわけじゃないんだよなぁと、使い古された泣ける映画のような感慨に耽ってしまうのだ。現実は甘くないし劇的でもない。起こった事実だけが淡々と突き付けられる。

これが、他人の晩年を共に過ごすということなんだろう。

別に大して深い関係でもないのに、最期の期間を共にしたという事実が残る。それは別れの際に酷く痛烈な経験となって、こちらの記憶に刻み込まれる。

決して悪い感覚だとは思わない。
どんな理由であれ心のどこかにその人の善良さが残るのなら、それは凄く尊いことなはずだから。

簡単な言葉で済ませられない寂しさや苦しさがほんの少しだけ残る。でもそれ以上に「彼に会えて良かった」と、それをなかったことにしたくはないという前向きな感覚がもっともっと沢山ある。

それを他の誰かにしっかり向けられる人間として、これから歩んで行きたいと思う。

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おわりに

これはごく個人的な気持ちの整理であって、誰かに有益な情報を与える記事ではない。特にそういった意味を込めずに書いている。

それでもここまで読んでくれた人がいたとしたら嬉しいし、きっとそれは彼の供養に繋がってくれると思う。ありがとうございます。

実際のところ、僕自身は物凄く大きな感傷に浸っているわけでもないし、後悔や悲しみの涙を滂沱と流しているわけでもない。ただただ残念だと口に出して俯いてしまう、そんな程度の動揺で動いている。

ただ、本当に何か心に細長いものが突き刺さったようなこの感覚を、文章にしたためてみても良いかもしれないと考えた。短い時間で彼から受け取ったものがあると自覚して生きて行くことが、僕にできる最大にして唯一の手向けになると思ったからだ。

とりあえず、会える人には会える時に会っておかなければいけないな。改めて強く思わされたし、この記事をここまで読んでくれた人に何か伝えられることがあるとしたら、この事実だけだと思う。

今在る命を大切に。
失われる前に是非たくさんの思い出を。

僕は自分の身内ではない人から、改めてそれを学んだ。それをしっかり今会える人達に還元していこうと思う。

読者の皆様の心に残るものがありましたら幸いです。お読み頂きありがとうございました。

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