生活の知恵

学歴に意味はあります!低学歴として人生で感じている確かなこと

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学歴に意味はあるのかと問われれば、やはり「ある」と答える。

「なんで勉強なんてしないといけないの?」「勉強なんてしたくない」と学生時代に思っていた人も多いはず。僕もその1人です。僕は大した学歴を持っているわけでもなく、ごく一般的な四大卒。ネットの価値基準で言えばFラン大学出身です。高校はそこそこ偏差値の良いところに通っていたのですが、勉強嫌いだったから駄目だったんですよね。結果辛くも高校を卒業して一応進学というコースへ。

大学卒業までは学歴なんて本気で意味がないと思っていたし、学校の勉強をしなくても他のことを頑張れば大成できると心から信じておりました。それは今も変わっていませんが、逆に学歴については他のことを頑張るにも意味があるとは思っています。

低学歴の僕が、ここまでの人生で感じたことを書いて行こうと思います。
よろしければお付き合いくださいませ。

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全ての行動の絶対的後ろ盾になる

まず前提として、人生に何よりも必要なのは行動力。
自分で動いて自分で現状を変える力です。

これさえ備わっていれば、厳密には学歴というものは必要不可欠とは言えません。本当にズバ抜けた行動力だけで誰よりも大きな成功を掴む人達がいます。中卒で起業して一大の富を成した人達は枚挙に暇がないですし、広義で言えばスポーツ選手などもこの枠にハマるでしょう。

彼らを支えているものは「自分への絶対的自信」と「リスクを恐れない心」です。根拠なんて必要ありません。むしろ根拠なくこういうものを持ち続けられる人は強い。常に前のめりな行動をし続けることができます。実際はそれで失敗して路頭に迷う人の方が多いでしょうが、本当に上手く行っている人に共通するのはこの行動力の高さに間違いはありません。

しかし今の日本では大多数である高校以上に進学し就職するといった選択を取るような人々は、どうしてもリスク管理を1番に考えてしまいます。何かをして失敗したら…借金を背負ったら…周りから人がいなくなったら…住む家が無くなったら…と、挑戦して駄目になることばかりが脳裏をよぎるはずです。だから皆就職して嫌々働きながらお金を稼いで安寧を得るというわけです。それが普通です。

そしてこういう「普通の人達」が何か大きなことに挑戦するには、精神的な後ろ盾が必要であると言えます。それは全てひっくるめて「実績」と呼ばれるものです。自分が(社会的に)優れた人間であると自分を納得させられない限り、新しい挑戦に打って出ることは大変難しい世の中です。

その実績の中で、人生で早期に手堅く修得することができるのが学歴です。しかも1度取ったら死ぬまでそれが消えることはない。人生においても、これほど魅力的な話はありません。

例えば東大を出ていれば、何かあっても東大卒という実績は残ります。犯罪でも起こさない限り、多少の失敗は許される。「あの人は東大を出ているから何とかできるでしょ」と周りから言ってもらえる。「せっかく東大出たのにもったいない」と言う人もいるでしょうが、少なくとも何も持っていない人が同じことをしたら「ただの馬鹿」にしかならないわけです。

その状態から、何の根拠もなく「馬鹿な自分」を立ち直らせることができるでしょうか?そして、そうなってしまうかもしれない恐怖心と戦いながら、未知なるものに挑戦できる人がどれほどいるでしょうか?

「別に普通に生きて行ければ…」と思っている人も全くの無関係ではありません。自分の責任ではなく、他人や周りの状況によって何かを失ったり、何かをせざるを得ないような状態に陥ってしまうことも幾らでも考えられます。そんな時に、自分を支えてくれるものは1つでも多い方が良いに違いはありません。

学歴があるだけで人生の可能性が拡がる。
これは言われ尽した真理ですが、それは就職先の選択肢が増えるなんていう当たり前のことだけでなく、こういった精神的事由に自分自身が縛り付けられないことも1つ大きなポイントになると思っています。

学歴を持っていない者は、それ以外のところでそれを補う実力か実績を付けなければなりません。それは学校の勉強を頑張ることよりも遥かに不確実で途方もない話。真っ暗闇の中を1人でかき分けて進むようなものです。低学歴で生きるということはその困難に挑戦するか、自分の人生をその程度で諦めるかの2択に迫られるということになるのです。

周りに行動力の高い人が増え、自然に知識を得られる

次に学歴を持っている人が得られる物理的なアドバンテージについてです。

実際問題、企業をしようとか、個人ビジネスを始めようとか、本を出版しようとか、そういう就職以外で新しいことを始める選択を取る人というのは、一定以上の高学歴であることが多いです。僕はブログ運営を考えるに当たって、本を読んだりネットで新興サイトや他のブログを見たりしていますが、成功しているそれらの多くには名の知れた大学出身者が絡んでいる気がします。

思うに、こういう挑戦的なバイタリティに溢れていて且つ、現実的な知識やキャリアを持ち合わせている人は、一定以上の学歴を持っている人にほぼ限られます。これは大学に通っているから得られているわけではなく、その大学の在籍者、出身者にそういう意識の人達が存在しているというのが最も大きな理由であると考えます。

つまり大学に通い友人関係や上限関係を築いていると、自ずと周りに経験者が現れ、知識を授けてくれるのです。自分が何かをしたいと思った時に、お金を払って本やセミナーなんかに頼らなくても、周りに良い例も悪い例も転がっていて、知ろうと思えば好きなように知ることができる。

そしてそういうものに触れている人達は「新しいこと」にも寛容です。知識を得ている者同士で集まることも難しくなく、チャレンジングな環境が自然に身の回りに整っている。これは偏差値の高い大学に通っているからこそ得られる特権の1つだと思っています。

別に「だから起業した方が良い」というわけじゃないのです。ただ何かしたくなった時、何かせざるを得なくなった時に何もないのと何かあるのとでは違います。

長い人生何が起きるか分かりません。体の良い副業を考えたくなる時もあるかもしれません。そんな時、ネットビジネスの知識を持っている人が周りにいると助かります。ブログなんかそういう時に便利に使われているイメージも結構ありますし。

会社が急に倒産するかもしれません。再就職するくらいならと一念発起したくなった時、起業のノウハウを持っている人が周りにいたら助かりますし、為す術なく困っていたら「うちで働かないか?」と声をかけてくれる人がいたりするかも。

こういった有事の際に備えられる選択肢を、調べるまでもなく頭にストックしておけるのが人生の可能性が拡がるということではないでしょうか。

自分で行動してこういった人脈づくりをすることももちろんできますが、勇気も労力も物凄い必要です。自分から行動しなくてもある程度までは勝手に手に入るということのアドバンテージは大きいです。どんな場所でも自分の周りにいる人は財産ですが、社会的グレードの高い知り合いをたくさん作りたいのであれば、学歴をつけておくに越したことはありません。

まとめ

以上が、学歴のない僕が学歴があることで得だと思っていることです。

こう「普通に働くのイヤだな」と思った時に、調べてみると選択肢って本当にたくさんあるんです。ちょっと探すだけでも無限に出てきます。その中でどれが自分に合っているか、できそうか、実際やってみて大変なことは何なのか、それらを手探りで見極めるのも大変時間がかかります。少しでも先駆者なりヒントなりが手近に見つかれば良いんですがなかなか上手く行くもんじゃありません。

こういう時「学歴があったら楽だったんだろうけどなぁ」と思うことはまぁありますよ。ブログだって「東大出身の」ってつけられるだけでどれだけ内容の信ぴょう性が跳ね上がるか分かったものじゃありません。得だらけですよ。その分高学歴のプレッシャーを感じる人もいるみたいですけど、そんなものは大抵経験でどうにかなります。学歴は後から付けられません。

学歴があるというだけで、はじめの1歩をだいたいすっ飛ばせる。人相や人柄さえ良いことになる。
時短&時短のショートカット人生を送るには学歴はあった方が良いですね。

僕自身は自分の人生の目標として「学歴がないなりに他とは違った成功を収める(幸福に生きる)」というものがありまして、現状に悲観しているということはありません。長い時間がかかっても、その高学歴の人が飛ばせる1歩を学校の勉強ではない方法で詰めていくというのを苦しみながらも楽しんでいる人生です。

けれど、もしまだ間に合う人がこのブログを読んでいることがあれば「まぁ勉強はしっかりしておいた方が良いぞ」くらいは言っておきたいかなと。何かあった時、後から勉強したくなる分野というのも出てきます。その時に改めて学び直すなら、学生のうちにクリアしておいた方が効率的です。

こうやって子供に向かって「お前のために言っている」という親になるわけですね。イヤだなぁ。そうならないように気を付けます!気を付けましょう!

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