今、学校から担任の先生が徐々に消えて行ってるのをご存知ですか?
学校に通っているうちは1年間同じ先生が面倒を見てくれるものというのはもう昔の話。今やその常識がまるで通用しない時代に入りつつあります。
できれば同じ先生と1年間やり取りできた方が安心。その方が子供達にとっても良いことが多いはず。
そう思っている子育て中の方々もたくさんいらっしゃると思います。
しかし、実はそうできないほどの止むを得ない事情が出てきしまっているのです。教育現場全体にはびこる大きな問題について、この記事で解説します。
現在はベテラン教師の大量退職を補填中
現在の教育現場は、若手教師を多く採用し続けています。
これは、1970年代の第2次ベビーブームに対応するために大量採用された教師陣が、一同に定年退職を迎えるためです。
教師は公務員であり、教職に就くには免許が必要です。一般企業と違い採用数がしっかり管理されているため、年別の採用状況を鑑みて人員の補充を行う傾向があるようです。そのため、ここ数年は毎年かなり多くの人が教職を取ることができているんだそうです。
というわけで現在の教育現場は、これからを担う若手教師の人数が10年前などに比べると著しく多い時期となっています。
もちろん、その期間がいつまでも続くわけではありません。定説通り行けばあと数年で人員の補充は完了し、再び教員採用試験の倍率は跳ね上がることになるのですが、現実はそれとどうも異なっているようです。
新人教育が不可能なほど激務化した環境
いなくなるのはベテランですが、入ってくるのは新人です。そしてスキルがない者は指導しなければ、一人前に仕事をこなせるようにはなりません。
なので、通常の場合だと新任の若い教師は、比較的教えやすい学年やクラスから受け持つことになります。現場経験がないわけですから、さほど重要度の高くない仕事を受け持つ。これは常識的な流れです。
しかし現在はそうではありません。
慢性的な教師不足から現場全体が激務化し、多くの学校で全く手が回らなくなってしまっている。なんと小学校教師の3割、中学校教師の6割が過労死予備軍と言われているような状況です。
その結果、新任である若い教師も重要度の高い(手のかかる生徒が多い)クラスを受け持たねばならなくなってしまっています。スキルもないままに難しい仕事をこなさなければならない、凄まじい労働環境に陥ってしまっているようです。
「手が回らない」という理由で理不尽な仕事の割り振りが為されてしまっているため、当然ながら新人教師を教育する環境も全く整っていないのが実情です。
右も左も分からない新人のうちから厳しい仕事を押し付けられ、物理的・精神的に参ってしまう人が後を絶たない過酷な世界。それが今の学校です。
学校という現場は「他人の子供を預かり教育する」、非常に責任の重い仕事です。しかも小中学校は義務教育のくくりの中に入っているため、よりのしかかる社会的責任は大きいと言えるでしょう。
日々の労働だけでなく、その重圧も含めて「教師」に挑み乗り越えていくのは凄まじいことだと思います。今のままでは、新しい人材が定着しないのは仕方がないことなのかもしれません。
スキルを持つ中堅教師に全ての負担が集中する
こうなってくると最も割に合わない立場となるのが、今の中堅世代の先生方です。
激務の合間を縫って若い世代の指導をしなければならない。中途半端な指導では、若手は育つこともなく辞めてしまう。仕事は一向に楽にならず、過労死寸前で意味のない指導をし続けることになる。
この世の地獄のような状態に陥っています。
なまじ積み上げてきたスキルがあるから、目の前にある全ての仕事をこなさなければいけなくなるのです。日本社会の闇そのものですが、このような状況では真面目に仕事をするのも馬鹿らしいというもの。
結果として、本当に指導力があるはずの中堅教師の中からも退職者が続出し、教育現場全体でまともな能力を持った教師が大きく減衰している状態です。
毎年教員を採用し続ければ頭数の調整はできるでしょうが、その新しい先生方が病気や精神疾患など止むを得ない事情で休職・退職を余儀なくされることも多く、補填できる教師の人数は単純な数字を遥かに下回るとのこと。
この労働環境が抜本的に改善されない限りは1人1クラスという方式を取り続けることは難しく、崩壊の危険性を孕んだ綱渡りでの教育を余儀なくされてしまいます。
2019年初頭、神奈川県では早速その悪い実例が表出してきてしまいました。
神奈川県横浜市の配布プリント。新潟県北海道、ついに神奈川県横浜市でも。意外と早く詰みが始まった。『登録している講師の人が少なすぎて教員を配置できませんでした』だと。三学期を乗り切っても、新年度に詰む。頭を抱えるかと、因果応報ですね。 pic.twitter.com/CAcn7Q9EGE
— 新(職業としての教員) (@VtXV5Y8EeIcyB6I) 2019年1月15日
これは始まりにすぎず、このまま行くと全国的に「担任の先生」はどんどんいなくなってしまうのかもしれません。
学校業務を地域住民に分散することで対処するしかないが…
この環境は「子供達の面倒は何でも学校が見る」価値観が増長した弊害であると言われています。
例えば小さなところで言えば登下校の見回り。先生が行う学校も数多くあります。授業の準備もしなければならないのに、朝も夕方もそのような業務に拘束されては他事を済ませる余裕もありません。毎日の帰りは遅くなって当たり前でしょう。
逆に、特に大きいものではやはり部活動でしょうか。こちらは最近は問題視されることも多くなりましたね。
熱心に行っていると土日も朝から休日出勤確定ですから、心身共に休まる日が見つかりません。本当に部活動が好きで部活動の顧問をやるために教師をやっているみたいな先生もたまにいますが、そういう先生は割合から見れば稀な方でしょう。
その他、昨今ではモンスターペアレンツと呼ばれる保護者の数も増え、その対応に追われることも多いんだとか。教師という役職が権力を昔ほど持たない時代になってしまったこともあり、そもそも優れた先生の数が昔と同数存在したとしても、捌き切れる仕事量ではなくなっているようです。
こういったものを地域の人達で分担して行うなど、学校が執り行うべき業務を少しでも減らして行かなければこの環境が変わることはないだろうと言われています。
しかしながら、今の日本で悪化しているのは教育現場だけではありません。共働きが当たり前になりつつある現代では、全ての人達が仕事と日々の生活をこなすだけで精一杯。教育現場改善のためとは言え、今学校が行っている業務の多くをボランティアで引き受けるのは物理的に難しいなどの現実もあります。
これらの折り合いをつける改善策を打ち出すのは、もはや学校組織と保護者だけでは不可能と言えるのではないでしょうか。
市町村、都道府県、地方単位での検討はもちろんのこと、国単位でこの危機的状況を乗り越える施策を早急に整えなければ、全てが間に合わなくなってしまう。そんな風に思ってしまいますね。
まとめ
教育現場の現状について記事にしたためて参りました。
学校の先生がブラック労働を強いられているという話は、インターネットを中心に拡散されつつあると思いますが、世間一般に広まっているかと言うとそうではないように感じます。
ここは「何とかなっている」部分と解釈されている節もあり、問題が可視化されず、まともに取り合われていないのが現状と言えそうです。
この手の問題は大きく取り扱われるようになった時点で手遅れなことも多いジャンルです。特にその煽りを受けるのは当事者である子供達であるのが非常に居たたまれないところがあります。
僕もゆとり教育全盛期の数年間に投げ入れられ、不当に「失敗した教育の産物」かのように扱われている世代の1人です。教育の負債を背負わされるのはいつだってその時代の子供達であることには実感を持っています。
もう既に問題は表出化してしまっている状況ですが、一刻も早く健全な教育環境を取り戻せるような施策を用意してほしいと思います。
子供達が安心して勉強できる環境をどうか用意してあげてほしいです。この記事が少しでもその力になれば幸いです。
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