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そのソシャゲいつまで続ける?ソシャゲ界隈が陥る無限ループの闇

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今は誰しも多少は嗜んでいるであろうスマホアプリ。俗に言うソシャゲ。

5~6年前はパズドラを皮切りに面白い作品がチラホラあるという程度でしたが、その後のクイズゲームやツムツムなどの台頭により、今までゲームをやらなかった方々もプレイするようになったかと思います。

近年では市場の拡大及び端末性能の向上もあって、ゲーム性に富んだ美麗グラフィックの基本無料ゲームも多くなりました。と言うより多すぎる時代ですね。ありえないほど沢山リリースされており、1年と経たずに終了する作品も枚挙に暇がないという状況。安易に儲かると言われていたソシャゲ市場はとっくに崩壊しており、厳しい展開を余儀なくされています。

僕も様々な流行り廃りを経験し、ソシャゲが1ゲーマーとして生活から切っても切り離せない存在となっているのですが、その分色々やってきて思うことも多いです。

例えばいつまで続けようかとか、逆にいつやめようかとか考えることもあります。
この2つ同じようなことを言っているようですが、実は結構違う心持ちだったりして。ある程度ソシャゲ経験の深い人なら気持ちを理解してくれるのではないでしょうか。

けれど、考えているだけであまり実行に移されることはありません。何故なら、今まで熱心にやっていたのにやめてしまったソシャゲに共通している理由は「ある日急に冷めた」というものばかりだからです。個人の話ですが、今までやめようとしてやめたものはなく、何かが嫌になってやめたということもなく、ただ"何となく"やめてしまったものばかり。

一般的な尺度で言えば「飽きた」という言葉が当てはまるのですが、実際にソシャゲをやめる時って「飽きた」という感じではないですよね。やっぱり「冷めた」という言葉以上に適切な表現が見つからない。

これは、途中離脱してしまう人の大多数に共通した感覚だと思っています。そして、ソシャゲ運営というのは日々この「冷め」と戦っているのではないかと思います。

この記事はそういう側面を語っていく内容です。
よろしければお付き合いください。

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同じことを繰り返さざるを得ない現実

ソシャゲにはサービスが終了しない限り終わりはなく、続けようと思えばいつまででも続けることができます。現に僕はパズドラをダラダラと6年以上もプレイしているわけです。ログインしかしない日も含めれば、6年間毎日1回は開いています。

後から新要素をどんどん加えていくことができるのもソシャゲの良いところ。長年やっていてもゲームはどんどん様変わりして行き、その積み重ねは普通のゲームで言うところの2や3と言って良いような大きな変化となってユーザーを楽しませてくれているものもあります。

しかしながら、そこまで大きく様変わりしているゲームは、実は一部のビッグタイトルに限られます。ほとんどのソシャゲにとって、追加要素や変更には大きな頭打ちが存在します。

それは「基本システムに手を加えるのが難しい」「一部の人だけが楽しめる要素を追加しにくい」ということ。

基本システムが大幅に変わればユーザーの反感を買うでしょうし、過度に良心的すぎる変更は収益に影響するため出し辛いという運営事情もあるでしょう。そしてユーザーが増えてくれば様々な需要に応えるため、一部の上級者向けすぎるイベントは嫌われます。初心者はおろか、上級者からも「新規切り捨て」などと揶揄される制作環境です。逆に、全員が等しく楽しめるような育成無視系のイベントは、長く続けている人達の積み重ねの否定に繋がりやすく、受け容れられない、面白くないと言われる傾向があります。

この辺りのバランス感覚が物凄く難しい業界だなと思っています。オンラインゲームと違って、そこを中心としたコミュニティが形成されにくく、あくまでゲーム内容で勝負しなくてはならないのもそれに拍車をかけていると感じています。

このような事情から、ソシャゲで追加できる要素は味方の強化(育成/新キャラ追加)とそれに伴った敵の高難易度化=インフレが中心となって行き、全く新しい遊びやゲーム性を激変させる新要素の追加はほとんどできません。収益的にも新キャラをリリースした方が得ということもあり、結果的に「キャラを育てて、同じクエストを周回する」ということに終始してしまっているゲームがほとんどです。

据え置き用ゲームであれば、1つのゲームの中に複数入れられる「お遊び要素」や「極め要素」のようなものも、ソシャゲでは採用しづらいというのが現実です。そのため、何年続けても基本的にやることは変わらないというのが全てのソシャゲに立ちはだかる恒久的問題点です。

結果として、新しい要素が加わりより強くなったキャラで「今までと同じことを繰り返すだけ」のゲームが無数に存在しており、そのルーチンワークをユーザーがこぞって楽しむという界隈が出来上がっていると言えるでしょう。

ユーザーの熱意をごまかし続ける運営努力

以上のことから、ソシャゲは「飽きる」のではなく「冷める」という表現が的確であると改めて述べさせて頂きます。

「飽きる」というのは、面白いものが急に面白くなくなることを指す言葉ではないかと思います。一方ソシャゲは、面白くなくても続けているということが往々にして存在します。何故なら面白くなくても、楽しんでいるからです。

僕はこの「面白くないが楽しんでいる」という状況が、日常化しているのがソシャゲユーザーだと思っています。
どんなに面白いゲーム性を持っていても、単純作業が続けば面白さを感じれなくなります。そして周回という単純作業を要求されるゲームは、いつか必ずそこに到達するもの。でもそれでも楽しいから続けている。なんか同じことを繰り返していることは分かっているけれど、それが何となく楽しい。そんな熱意で皆が動いていると思います。

なので、実はほとんどのソシャゲは「やらなくても困らない」イベントしか開催していません。それを「続けるなら全てやっておいた方がきっと良い」という、熱意に基づいた激しく無根拠な強迫観念によって「やらなくてはならない」ことにして皆プレイしています。そのソーシャル(社会)性を楽しんでいるのがソーシャルゲームです。

上手くコンテンツを維持させているソシャゲは、この熱意を冷めさせない展開が上手であり、どうしたら維持してもらえるかを常に考えて運営していると思っています。逆に言えば、それを見誤った時点で一気にユーザーの熱意を失墜させることになってしまい「やらなくても困らない」ということに気付かれてしまいます。

こうなってくるとイベントをどれだけ用意しても「やることねぇな」「いつも通りだな」「つまんねぇな」と言われることになり、その悪意はネットを中心に拡散されて多くのユーザーの熱意を貶めます。一度こういう「冷め方」をすると再起させるのは相当に難しく、悲しいことに先細りになって行くゲームがとても多いです。その間に、その熱意を向けられる別のゲームが見つかってしまったら、皆でそっちに大移動するのが普通ですから。そのユーザーの8割は二度と戻って来ません。

そして次に開発運営サイドが取る答えはこうです。

次は「違うタイトル」にして「同じこと」をしよう。
そうすればまたユーザーは自分達のところに帰ってきてくれる。

古いものをロンダリングして新しいものとして売り出す。
商売の基本とは言え恐ろしい話です。

つまり新しいことをせず、新しいと感じさせられることを追加し続け、ユーザーの熱意をごまかし続ける。それをできる限り長く続けられるように、ギリギリのラインをつきながら収益を上げ続ける努力をする。これが今のソシャゲ運営がハマっている闇の無限ループです。変わることはきっとありません。

我々はその努力の中で自由に選び楽しみ、自由に離れて行っている。
ただそれだけのことなのです。

まとめ

無意味だということに気付きながら、それを楽しく遊ぶユーザーと、それを知りながら冷めさせないように努力する運営。双方が手を取り合って、1つのゲームを終わりのない輪っかにしているのだと思います。それが崩れる時はゲームが終わる時です。

いつでも降りられるユーザーと違って、開発運営サイドの方々はいつ何のせいで何がキッカケで崩れていくか分からない中、終わらせないよう必死に努力し続けているはずです。迷走もするでしょう。それを好きに評価し、行く末を決められるのがユーザーという立場。好きにやり直せるのが運営という立場です。殺伐とした話ですが、ゲームという娯楽を扱う商売である以上、刹那的に消費し、されることから逃れることはできません。

これはソシャゲという土壌及びそのユーザー層を考えると、仕方がないことなのでしょう。誰が悪いということではなく、それがこの界隈が辿り着いた到達点。この仕組みが変わる時は、ソシャゲというコンテンツそのものが何かに取って代わられる時なのだと思います。

それでも昨今の日本のゲーム市場はソシャゲに支えられて生きています。
それを良く思わない人もたくさんいらっしゃることと思いますが、今はまだソシャゲを楽しむ以上にゲーム業界を盛り上げる方法はないと言わざるを得ません。無駄は承知の上でまだまだ楽しんで行きたいし、楽しんで行くべきだとも思います。

ソシャゲの次が何なのかは分かりません。まだ見えていません。
しかしゲーマーである以上、我々は「いつまで続けるんだろう」と思いながら今あるゲームをできる限り楽しみ続ける。それだけは分かります。

もっと面白いコンテンツの出現を祈り続ける限り、ソシャゲに「冷める」日はいつかやってきます。今はまだその時がいつかは分かりません。しかしその時まではソシャゲに熱意を燃やし続けるのも、悪い選択ではないのかもしれません。

ゲームは楽しむためにあるもの。
どんな理由であれ、プレイしている自分が楽しめていれば正解なのです。

それを念頭に置いて、これからもゲームを楽しんで行きたい。僕はそう思っています。

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