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『未来のミライ』を観て感じた酷評の理由と細田守作品に求めるもの

更新日:

未来のミライを観た

3年ぶりとなる細田守作品の最新作ということで観て参りました。

ネットでの評判が芳しくないことは知っていたのですが、自分の目で確認して何ぼですので。
まぁ実際見ても「うーんこれは…」という印象だったわけですが…。

僕は細田守作品はサマーウォーズ以降のものは全て劇場で追っていますが、元々全てに好意的というわけではありません。
特に前作『バケモノの子』は世間の評判よりも評価は低めといったところ。

悪いところが目に付くタイプなので、細田作品が共通して持つ悪さについても理解があります。
そして、それを補って余りある良さがあるからこそ1大ジャンルになっていることも分かります。

『バケモノの子』までは世間的には褒める人の方が多い状況がずっと続いていたので、敢えて悪い話をすることもなかったのです。
取り立てて騒ぐほど悪い作品と思っていたわけでもないですし、何となくツイッターで呟くとかそういうレベルでした。

そこに来たのが『未来のミライ』への世間の微妙な評価というわけです。
正直こういう日が来てもおかしくないと思っていましたが、実際来ると残念な気持ちにもなりますね。

今回こういう事態になったことで、僕が昔から感じていた意見にも、少しは需要が出たかなと思いキーボードを叩き始めました。

『未来のミライ』に関しても、過去作で積み重ねてきた理解の域から外れていない作品です。
あくまで「悪いところが出ているな…」という印象。

そんな僕の、過去の作品から通して、細田守作品について感じていたこと。
それに伴った『未来のミライ』酷評の理由の解説。
そして、今後の作品に期待することをまとめてみようと思います。

よろしければお付き合いください。

※ご注意※
この記事は一部細田守作品への強い批判に繋がる表現が並ぶ部分がございます。
そちらにご留意の上、ご閲覧頂けますと幸いです。

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細田守作品は基本的に「雑」な創りである

いきなり否定的な言い方から始まりますが、まず絶対に押さえておきたいポイントです。

個人的な感覚としては、細田守作品は、全作「雑」な創りになっていると思っています。

これは必ず見ていて引っかかってしまう部分があるということです。
普通に考えて不自然な流れではないかとか、強引な展開であるとか、ありえない設定であるとか…。

アニメーションである以上、完全架空のお話だし、気にしすぎなのでは?と思う方も多いと思います。
僕も普段からアニメを見るのもあり、どちらかと言えばそういうタイプです。

しかし、細田作品は、美麗なグラフィックと独特な映像表現技法でリアリティを向上。
声優ではなく俳優を起用した自然な演技の追求や細部に渡る細かいSEへのこだわりなどによって、アニメでありながら非常に高度な現実感を醸し出しているところも大きな魅力です。

こういったアニメでしかできない設定やストーリーを現実に限りなく近いクオリティで映像化することから、「ポスト宮崎」などの声が上がるようになったと言えるでしょう。

だからこそ、ストーリーの強引な部分、アニメらしいご都合主義のキャラ付けなどが気になってしまいます。

作品全体でリアルを追求しているにも関わらず、肝心のシナリオがリアルからかけ離れている。
この矛盾が視聴者に違和感を与える原因になってしまうと言えるのです。

ですが、それは「気になる人には気になる」というものであるのも事実。

例えば『サマーウォーズ』のやたら意見力が強いおばあちゃんとか。
『おおかみこどもの雨と雪』で強すぎるバイタリティを発揮する花お母さんとか。
『バケモノの子』でいきなり九太と仲良くなりすぎる楓ちゃんとか。

それぞれ全シリーズに突っ込みどころがありますが、人によっては「え?そこ気にするとこ?」と思ってしまう人も多いでしょう。

それもそのはず。
何故なら、この雑さによって細田守作品は面白さを保っているとも言えるからです。

ある特定の人達に違和感を与えてしまうが、それによって映画という限られた尺の物語に必要な要素を詰め込んでいる。
その強引さを持って、それ以外の人にとって最高に魅力的な映画を映すことに成功している。

これが僕の思う細田守作品の魅力です。
雑だけど、そのおかげで面白い。

『サマーウォーズ』なんか後半本当に勢いだけで持って行ってる感じで、話の筋だけ冷静に見ると滅茶苦茶です。
でも、その雑さを視聴者が受け入れることができるよう話を創ってきたからこそ、あの盛り上がりを楽しむことができるのでしょう。

そしてもう1つ興味深いのが、この「どの作品の雑さが気になるか」が人によって違うということ。
「細田守作品でどれが好き?」という質問って「どの作品の雑さが気にならなかった?」という質問とほぼ同義なんです。

なので、細田守作品は、「あれは物凄く良かったけど、あっちはイマイチだった」という人が多い。
「全部最高!」という人は実は少ない気がします。

ここまでは、お分かり頂けましたでしょうか?

では、この細田守作品は基本的に雑(それが良い)という価値観を持って次の項をお読みください。

細田守作品の魅力は高いエンタメ性である

ちょっと難しい話になるのですが。
魅力的な作品には「芸術性が高いもの」と「エンタメ性が高いもの」があると思っています。

簡単に言うと「知識を持っている人ほど楽しめる作品」と「誰が見ても楽しめる作品」です。

音楽で言うところの前者がベートベーンやバッハなどの「クラシック音楽」
後者が「今流行りのJPOP」と言うと分かりやすいでしょうか。

これ以上は詳しく話すと専門的な(オタクの好む)方向にシフトしてしまうので割愛します。

細田守作品はどちらかと言えば、エンタメ性の高い作品群と思います。

誰が見てもそれとなく楽しめる、心温まるストーリー。
基本的にテーマが「家族愛」であることもあり、そんな作品が多いイメージです。

常に大衆を魅せるライトな作品。
それが細田監督が支持されてきた最大のポイントと思います。

ですが、アニメーションは業界体質的に最終的な着地点に芸術的な要素が求められる傾向があります。
これは映像の美しさだけでなく、ストーリーの重厚さなども含まれた芸術性です。

恐らくジャパニメーションの最終到達地点としてスタジオジブリ、世界的アニメーションの最終到達地点としてディズニーアニメが想定されているからでしょう。
どちらも芸術とエンタメの完全なる融合に成功しているモンスター達です。
前例がある以上、どうしても比較対象には上がってしまいます。

細田監督ほどになると、どうしてもこれらを意識した展開をして行かなければならなくなります。
監督一人の作家性=個人に求められるレベルも上がって行きます。

細田守作品は、映像などについては十分芸術的なレベルに達しています。
しかしストーリーについては上述の通り雑さを前提にしたライトな創りであり、最上位クラスの作品と比べると一歩劣ると言えるでしょう。

『バケモノの子』以降、細田監督自身が脚本まで担当することになったのは、この辺りの経緯や期待が関係しているものと思われます。

それ自体否定されるべきことではないのです。むしろ喜ばしいことでしょう。
しかし、それ以降の2作品は、過剰に強い作家性と芸術性をストーリーに付加しようとしているきらいがあるのです。

そして、それが空回りしているとも…。

芸術的な作品を求めすぎた結果、エンタメ性が損なわれ、本来の良さを殺し始めている。
『バケモノの子』鑑賞時のそういった不安は、『未来のミライ』を観て確信へと変わりました。

次項ではそれについて解説致します。

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