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【追悼】音楽家wowakaが遺した計り知れない功績を、より多くの人に知ってほしい

2019年4月11日

 

2019年4月5日
音楽家wowaka氏がこの世を去った。

今の20代~30代でインターネット音楽――いわゆるボカロ曲を経由してきた人間ならwowaka氏を知らない人はいないだろう。名前を知らずとも彼の創った曲をどこかで耳にしたことがあるという者がほとんどのはずだ。

故にこの早すぎる死がネットに与えた衝撃は大きい。
訃報に貴賤はないとは言え、彼の死に「声を上げずにはいられない」という態度を取った者は自分の周りにも数多くいた。もちろん自分もそうだ。それほどに彼の音楽は支持を受けていたと思う。

wowaka氏はボカロから離れて以降、誰もが知る超大人気アーティストとして活動していたわけではない。バンドをやっていたこと自体知らない人も多いのかもしれない。だから世間的に見れば、これはテレビやラジオで報道するほどのニュースではないのだろう。

実際、自分もネット音楽から離れてしまってから、それ以降の彼の活動はほとんどチェックしたことがない(※これはある一時を境に自分がボカロ系はじめニコ動系の曲を全く聴かなくなってしまったからで、彼がどうこうという話ではない。唯一、米津玄師はここ1年くらいでまた聴くようになった)

けれど、そんな状況でさえ僕は音楽を楽しむ際にwowakaという名前を意識することがとても多かったと思う。そういった観点から音楽家wowakaが現代音楽シーンに与えた影響は計り知れないと、僕は思っている。

こういったブログで人の死を取り上げるのは正直どうかと思うが、彼が如何ほどの功績を遺したかを自分なりの言葉で残させてもらいたい。

※以下敬称略でお送り致します。

ネットに新しい音楽性を根付かせた人物

2010年代初頭に一大ムーブメントを引き起こしたボカロ音楽は、その特性や土壌からあらゆる音楽性が許容されると言っても過言ではないものだったと思う。ほぼ打ち込みで製作するという限られた環境にありながらも、それを逆手に取ったかのような斬新な音楽が溢れ返っていた。

毎日のように新しい曲がアップされ、ランキングに乗り、良くも悪くも歌ってみたが蔓延するという状況に、全く飽きの来ない魅力を感じていた人も多いはずだ。今やボカロ曲こそが日本の音楽シーンの最前線であるという空気が当時のネットには間違いなくあった。

そんな若い才能が跳梁跋扈する環境の中で、最も桁外れなものを持っていると感じたボカロPは誰か?という問いを当時のコアファンに問うた場合、このwowaka氏は少なくとも5本の指には入ってくる人物だったと思う。ツートップに入る可能性すらある。今「だった」と過去形で語らなければならないのが寂しい限りだ。

個人的なことを言えば、僕はこの問いに確実にハチ(米津玄師)とwowakaを挙げるし、実際に今までも挙げてきていた。あまりに強い印象を残す2人だったから、恥ずかしいことに一時のこの2人を混同していた時期すらあった。そういう経緯もあって、彼らが特に意識し合っている関係だと知った時はゾクッとしたものだ。

当時聴いていた曲の中で良い曲として記憶している音楽は死ぬほどあるが、実は作曲者と曲名が完全に結びつくものはさほど多くない。その中でもハチとwowakaについては曲の印象と作曲家のイメージが強烈に印象に残っていた2人だった。

それはこの2人はボーカロイドという媒体の魅力を引き出すことに全力を注いでいたように感じていたからだ。自分の音楽性をボカロに体現してもらっている作曲家が多い中で、彼らはボカロという存在の特性に自分の音楽性を親和させて昇華させる選択をしていた。もちろんその選択をしていたのは彼らだけではなかったはずだが、この2人は特に何においても圧倒的に優れていた。

音の魔術とも言える独特のセンスと緻密な配置で組まれた音楽は、打ち込みの軽い音でありながら他には出せない強い音楽性を孕んでおり、音圧ではなく「音楽の圧力」を感じさせてくれる曲ばかりだった。

そしてことその点に関してwowakaは、当時誰よりもセンセーショナルな曲を作曲していたと言っていい。

また少しだけ自分の話をするが、僕は当時「歌ってみた」の虫だったから、ボカロ曲と言えば歌ってみたで聴いて覚えるものだった。なので数限りない歌ってみたを聴いて、それぞれの曲で最もしっくり来る人を探す作業を必ずしていた。

しかし一部のwowakaの曲だけはどうしてもベストな歌い手を探すことができず、オリジナルのボーカロイドに戻ってきてしまっていた。ボカロの無機質な声を嫌っていた自分の価値基準で、こんなことが起きる作曲家はwowakaただ1人だけだった。

それほどに彼の曲はボカロ音楽として完成されていて、極まっていた。それがボーカロイド音楽の先駆者であり代表者にwowakaの名を挙げる人が多い感覚的な理由であると考えている。自分が彼がバンドをやっていることを知ってもそちらに手を出そうとしなかったのは、当時のイメージによるものが大きかったかもしれない。こんなことになるとは露にも思っていなかったから。

過去にハチがこういったツイートを残していることからも分かるように「ボカロっぽさ」の根幹に彼の音楽の片鱗が根付いているのは間違いない(今となってはこのツイートさえも悲しい)

直接的にしろ間接的にしろ、彼の音楽に影響を受けて作曲された音楽は星の数ほど存在するはずだ。

こういうことを言葉にすることができなくても、感覚的に感じ取っている人はネット上に沢山いる。だから皆wowakaの死に絶大な衝撃を受けているし、受け容れ難い現実に直面しているのだと思う。

日本の音楽全体の可能性を牽引した

そして「ボカロっぽさ」を生み出したwowakaの功績はこれだけに留まらない。それは現代の日本の音楽全体に通じる話としてある。

正直、昨今の日本を取り巻く人気音楽事情には、ピーク時のボカロ音楽の色がかなり濃く出ていると思う。それにもちゃんと論理的な解釈を及ばせることができる。

当時売れ筋ではなかった音楽性を持つ者の多くは、ネットに活動の場を求め輝きを放ち始めた。それは徐々に必要な音楽として居場所を与えられ、今では新しい音楽の1つとして世間に完全に定着したと言える。

ボーカロイドオリジナルという文化は衰退してしまったが、当時それでしか表現を許されなかった(それがベストだった)人達は、「世間」という新たな活動の場を得てはばたき出した。今ではその最たる例が米津玄師になった。

そして当時のボカロ曲に影響を受けて音楽を始めた人達は、先駆者が耕した土壌と築き上げた場所を使って、メジャーアーティストとして活動するに至っている。さらにその音楽に影響を受けて音楽を創っている者達がいるとすれば、それら全ての音楽はボカロ音楽の影響を受けている者達によって生み出されたコンテンツになる。

故に今の日本の音楽シーンにボカロの影が見えるのは当たり前だし、それを「ネットから世間に下りて行った」と表現してもいい。言葉なんかはネットで流行したものが形を変えてより多くの人に使われるようになる例が幾つもあるが、この10年間では音楽にも同じことが起こっていたと考えればいい。

だからこそ僕は最近の音楽に触れる折にボカロ音楽のことをいつも思い出すし、その中で特別な存在としてwowakaの存在を感じることがとても多かったのだと思う。そういう人達が沢山いるからこそ、現在進行形でどこかにwowakaの色を感じているからこそ、この激震があったのではないだろうか。

この「っぽさ」を創った人間が確かに当時のインターネットにはいて、それを世間の人達は知らない。その音楽性の延長線上を楽しんでいることを知らない。米津玄師と双璧を成した存在がいることを知らない。それを知らせるチャンスももう無くなってしまった。今となってはそんなことばかりを考えてしまう。

総合してwowakaという音楽家は、日本の音楽に新しい可能性を根付かせるのに絶大に貢献した人物であると言えるし、知っているにしろいないにしろ「彼の音楽性」を多くの人が今なお楽しんでいるという現状がある。

それほどまでに彼は多大な功績を音楽の世界に遺してくれたと思う。もっと残してほしかったし、挑戦していてほしかった。今の彼の活動を知らない身でこんなことを言うのはおこがましいことだと重々承知しているが、その未来が失われてしまったことには、wowakaの音楽に成長させてもらった1人の人間として非常に悲しい。その感情を記しておくことをどうか許してほしい。

おわりに

wowakaの創ってくれた音楽は本当に沢山の物を残してくれた。彼の音楽に救われたという人もいると思うし、彼の音楽から新しい見地を得た人もいるだろう。

だが結局のところ当時のネット――もっと言えばニコニコ動画の中で人気を博していたというのは、相当に狭い領域での評価であったことは否定できない。百万再生行けばもう庶民にはとても果たせない偉業だった。今のyoutubeの再生数で考えれば「世間」というものが持っている数字はもっともっと大きいものだったことは分かってしまう。

だから彼の死はネットの中でこそ大きな話題になっても、大々的に伝わることはない。彼の存在はより広く認知されることなく、「世間」では取るに足らないと判断されて消えて行ってしまうだろう。

それでも彼の音楽と彼が生み出した可能性は世間を動かし、彼がいなくなってもエンターテイメントの世界を盛り上げ続けている。このまま芸術として彼の音楽性は受け継がれていくのかもしれない。それはそれはそれで凄まじいことだ。

けれど、僕はやはり1人でも多くの人にwowakaという音楽家が牽引した世界があることを知っていてほしいと思うし、今知っている人には忘れてほしくないと思う。何となく「死んじゃったんだ」とだけ思っている人がいたら、その認識を変えてほしいと思っている。

ネットの辺境にこんな記事を書き下ろすことがどれだけの意味を持つのかは分からない。でも、少しでも何かの礎になってくれたら嬉しいと思う。

彼から影響を受けた泡沫クリエイターの1人として、ここに哀悼の意を残す。今まで本当にありがとうございました。

  • この記事を書いた人

はつ

『超感想エンタミア』運営者。男性。美少女よりイケメンを好み、最近は主に女性向け作品の感想執筆を行っている。キャラの心情読解を得意とし、1人1人に公平に寄り添った感想で人気を博す。その熱量は初見やアニメオリジナル作品においても発揮され、某アニメでは監督から感謝のツイートを受け取ったことも。

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