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感想を「読み物」にするために必要なこと 作品とファンに対するリスペクトの重要性

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このブログで特定作品の長文感想をしたためるようになって幾何か経ちました。

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上記の記事群は作品ファンの方かたもご好評頂けており、おかげ様で僕の執筆活動における代名詞になりつつあります。

二次創作物でも批評や考察でもない、「感想文」で固定の支持を得る書き手はかなり少数派です。そのため僕も、日夜その可能性と危険性に向き合いながら執筆を行っています。

近年、創作物に対する感想の必要性はどんどん増してきていると感じており、その功罪があって何かと物議を醸すことも多くなりました。

この記事では、感想文を独自の「読み物」として成立させるために僕が心掛けていること、執筆に必要と感じている素地について記載して行こうと思います。

よろしければ参考にしてみてください。

「模範的な感想」の存在を意識する

まず始めに「感想」その物について考えて行きましょう。

一般的に感想とは「作品などに対して自分が感じた事柄を記したもの」です。その内容は個人個人によって異なり、同じ作品であっても様々。真逆なものが同程度存在することも少なくありません。

だから何人もそれを脅かされる言われはありませんし、どのような感想を持つことも自由であるべきです。周りが全員「詰まらない」と言っていても、自分にとっては「面白い」。それでも別に良いのです。

ですが、時として模範的な感想文を要求されるような状況もあります。例えば一度は誰もが体験したであろう、読書感想文はその1つです。

読書感想文は学校から出される宿題であり、受賞作を決めるコンクールでもあります。よって読書感想文は評価されるための感想を書かなければならず、突飛なものは教育の観点から忌避されます。

ネットでは度々その側面について議論が交わされていますし、どちらかと言えば「模範」が要求されることについて否定的に考える方が多いように感じます。それだけ、自分の抱いた感想を大事にすべきだと思う人が多いのでしょう。

しかし感想を「読み物」にすることを考えるならば、この点を簡単に切り捨てることはできません。ここで注目しておきたいのは、世の中には作品に対する「模範的な感想」が存在するということです。

自分がどう思ったかは自由とは言え、発信には責任が伴います。人に見せるつもりで書いているのであれば、見当違いの内容はバッシングの対象となり得ます。

ですから人に読んでもらうことを考えるならば、「多くの人に受け入れてもらえる内容=模範的なもの」でなければなりません。それは発信物が「感想」という体を取っているとしても同じことです。

自分の感想だから何を書いても良い。
自分の感想だから否定しないでほしい。
だって感想とはそういうものだから。

このような考えで書かれた感想は、どこまで行っても1個人の感想です。たまたま誰かの目に留まった際に消費されて終わるものに過ぎず、読み物として価値を持つことは、残念ながらありません。

根源的魅力を読み解いた感想

では「模範的な感想」とは何でしょうか?

読書感想文などであれば「先生や審査員から評価される内容」となりますが、一般社会に流通しているエンタメ作品にその定義は当てはまりません。

そこで指標となるのがファンの心理です。
多くの人が惹きつけられるものには強い魅力が存在しており、それは9割以上のファンが必ず共通して感じている要素です。その作品のどこに最も惹きつけられているかは人それぞれでしょうが、中にはほぼ全員が感じている根源的な魅力が必ず存在しています。

模範的な感想とはその根源的魅力を読解して紐解き、文章(orその他の表現)に起こす作業だと思っています。

細かい解釈の差はあれど、作品の主題は取り零さない。そうやって多くの人を納得させられる内容を目指す必要があります。

そしてそれは作品ファンの誰もがついて来られる内容でなければなりません。浅すぎては読み手の心を打ちませんし、深すぎては「分かる人には分かる(一部の人にしか伝わらない)」ものになってしまいます。

独りよがりなものではなく、より多くの人の心を動かせる内容のみを重点的に掘り下げる。

それが「模範的な感想」というものなのです。

正しい内容 それ以上の熱量

以上を踏まえて、どうしたら感想を読み物にすることができるのかを考えて行きましょう。

まず上述してきた「模範的な感想」を書くと何でも読み物になるのかと言われれば、それは否です。本来は創作的価値のないものにそれを与える作業は、それほど単純に解決できることではありません。

極端な例を挙げますが、皆様の好きな作品の魅力を抜き出して、箇条書きで順番に羅列したものを渡されたとします。それを読んで、強く心が動くことがありますでしょうか?納得することはあっても、それ以上の情動を覚える人は少ないはずです。

何故ならその文章には心が宿っていないからです。
エンタメ作品は日常の娯楽であり、無数にある娯楽からそれを選んだ大きな理由は「心を強く動かされたから」でしょう。大好きなものと向き合う時、誰もが心震えるものを感じていると僕は思っています。

一方で「模範的な感想」は頭で考えることで導くことができます。含まれている要素の抜き出しですから、淡々とその作品を分解・分析することで得られた情報を記せば完成です。それらの優秀なものは、論文や論述といった形で表現されています。つまり感想ではありません。

正しい内容にそれ以上の熱量を宿す。
それができて初めて、感想は読み物としての価値を持ち始めます。

ですがそれは口で言うほど簡単なことではなく。
大好きな作品ならば個人的な「好き」を爆発させたくなりますし、そうでない作品ならばファンの熱狂について行くのが大変に厳しいです。

その感情と感性のコントロールができなければ、感想を読み物に仕上げることは難しい。

僕はそう思っています。

全てを否定せずに楽しむ努力

この項では、僕の経験から得た感想を読み物にするために必要なもの、必要だと思う努力を記して行こうと思います。

僕はこのブログで、全く知識のなかった作品の初見感想を執筆しています。ありがたいことに「この感想を読んで泣いた」「もっと作品が好きになった」というメッセージを頂くこともあり、感想を読み物にすることに(今のところ)成功していると思っています。

元々僕は自分が大好きで仕方がないアニメの感想を書いていて、その作品の感想群が評価されたことで後の記事の執筆が実現しました。僕はまずその点を「感性のコントロールに成功した」と自分で解釈していました。

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その後に始めた初見感想はより多くの人に見て頂けることになりましたが、当然ながら僕はその作品に物凄く熱狂していたわけではありません。ですが幸運なことに1話時点でかなりのアクセスを頂いていたことから、「この人たちの期待を裏切らない感想を書こう」と心に決めて臨みました。

このチャレンジにおいて、大変役に立ったと思われるのが自分の持つ「他人が面白いと思ったものを面白いと感じる」感性でした。これは元々持っていたものではなく、そうなるように努めて訓練をし続けてきた結果、身に付いたものです。

斜に構えて「自分は分かっている」と主張するような文章しか書けないようでは書き手として三流で、人が面白いと思うものの面白さを語れてこそ意味があると、一時を境に考えるようになったのです。昔は否定と揚げ足取りの方が遥かに得意でしたね。

長年それにこだわってエンタメを分析し続けた結果、僕はより広い範囲のものの良さを見極められるようになりました。そして、転じてそれぞれを心から楽しめるような感性も身に付いたと感じています。

どんな作品を相手にしても、おおよその良いところを分析して褒めることができる。それを楽しむ心が身に付いている。だから僕は無理せずに作品の根本的魅力を楽しむことができますし、それを言葉でアウトプットすることができているのでしょう。

これについて僕が「無理して楽しんでいる」「本当は面白いと思っていない」と心の奥で思っていたら、それはきっと文章に乗ってファンの方々に伝わり、失望させてしまっていたことでしょう。そしてそのリスクは現在進行形で常に付きまとっています。

一度読者を得たら、全てを書き終わるまで期待され続けることになります。自分がどうしても受け入れられない展開が待っていても、どうしても嫌いなキャラが登場しても、期待される限りは期待に応える文章を書く必要があります。

それを避けるには、できる限り全てを否定せずに楽しめる感性を持つか、それを覆い隠せる圧倒的な文章力を持つしかありません。

自分の作品ならば好きなことを書いていれば良いですが、他人の作品を扱う以上は、その作品とファンへのリスペクトが常に要求されます。自分の感想を人に読ませる形で発信するというのは、それを背負う覚悟を持つことだと思います。

理想を言えば、他人が創った作品の魅力を、自分が創ったかのように語れるまで突き詰める。それが感想を「読み物」するのに必要な努力です。

逆にそこまで突き詰めることができれば、感想という媒体で人を感動させることができる。大好きな作品の、優れた作品の魅力を、より緻密に正確に人の心に届けることができる。魅力に気付いていない人に、その作品の良さを伝えることができる。

感想にはそんな可能性が秘められている。そう信じて、僕はより良い感想執筆を行う努力を続けています。

おわりに

感想を「読み物」にするのは、大変に難しいことだと思います。しかし僕は、「感想」が新しいコンテンツとして有価値なものである感触を得つつもあります。

エンタメが飽和に飽和を重ねた現在では、商業ベースでさえ知られずに終わっていく作品が無数に存在します。関わった作品が一定の支持を集めること自体、1つの奇跡に近い出来事だと言えるでしょう。

だからネットでは「自分の好きな作品の魅力を知ってほしい」と喧伝して回る文化が人権を得ていますし、SNSでは紹介漫画などを描く人もいます。誰かが伝える努力をすることで救われる作品があるのも、また事実です。

受け手の目も肥えてきて、より創り込んだ作品が求められる時代です。ですがせっかく創り込んでいても、それが正しく伝わるわけではありません。

魅力的な感想を書くことは今いるファンの熱量を増幅し、新たなファンを獲得するコンテンツの1つとして機能すると思います。

僕のような感想ライターが人権を得ることで、未知の作品と新たな出会いを果たせる人も現れるかもしれません。

願わくばその価値が認められる日が来ることを願って、今後とも好きな作品・望まれる作品の感想を書いて行ければと考えています。何卒よろしくお願い致します。

ちなみにですが、個人作品(オリジナルなど)への反応を求める人が他者に依頼して意見や感想を求める文化は、『ココナラ』などのスキルフリーマーケットではしっかりと成立しています。

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僕もこういったサービスを展開していますので、この記事を読んで依頼したいと思われた方はお気軽にお声がけください。全力で対応致します。なおこの商品では、権利者意外からの商業作品の感想執筆を承ることはできませんのでご了承ください。

それでは今回はこの辺りで。また違う記事でお会いできましたら幸いです。それでは。

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