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『MIU404』分析&感想 第10話 「Not found」伝播する悪魔の意思

投稿日:2020年9月3日 更新日:

クライマックス前半戦。
第10話は見えない敵を追いかける4機捜の戦いが描かれます。

見つからない相手は果たして存在していると言えるのか。正体不明の仇敵は人間であると断定できるのか。

彼らが追いかける者と、彼らに襲い掛かる魔の手。その全てが「Not found」である情報戦。今回もしっかりと読み解いて行きましょう。

人の心を掌握し利用する男

ドローンを駆使してエトリを殺害し、現在の居場所を捨てて逃走した久住と呼ばれる男。久住が一連の事件の黒幕であることは、理論立てて考えて行けば明らかなことでした。

しかし現在に至るまで名前と推定年齢以外は全くの不明。成川岳を筆頭に身近で姿を見ている者がいるにも関わらず、彼らから有力な情報を得ることもできません。

彼の情報隠蔽能力は一流でした。決して身を隠してどこかに潜んでいるのではなく、街中を堂々と行動しながらもその実態と足取りだけは誰にも掴ませない。陽の光の下にいるにも関わらず、彼は常に陰なる存在としてこの世の中に君臨しています。

周りにいる誰もが彼を知っているのに、誰もが本当の彼のことを知り得ない。だからこそ久住は異様な存在感を持って『MIU404』の物語を彩っています。

その彼が利用していたのは、他人に対する「共感力」でした。身近にいる者たち1人1人の心のつっかえを引き出し、それに合わせたエピソードをでっち上げる。そうして1人1人の心に取り入ることで、久住という人間の本質性を曇らせて行くのです。

彼が仕切っていたシェアハウスにいる少年少女たちは、誰もが心に何か大きな闇を抱えています。普通に家に帰れない立場である以上、何か事情があると考える方が自然です。

率先して彼らの救済に動いていた久住には、「自分たちを助けに来てくれた人」という信頼があります。彼らの大多数にとって久住は憧れの対象、ヒーローのようなものだと言って良いでしょう。成川が久住に絶大な信頼を寄せていたように、他の者たちも同様に彼を慕っていたはずです。

その憧れの人が自分の話を1対1で聴いてくれて、しかも自分と同じ"闇"を抱える存在だった。その辛さを理解してくれて、より親身になって助けようとしてくれる。この状況で、彼を疑うことを選べる若者が果たしているでしょうか?

どんな人間でも独りで生きて行くことはできません。皆がどこかで関係性を望み、心の拠り所を求めます。この人は特別。この人にとって特別。そんな相手が自分のそばにいてほしいと誰もが願うものです。

様々な理由で家に帰ることができず、孤独を痛感する立場にいる少年少女たちにとって、財力と力を持つ久住は特別な1人となれる存在でした。彼らを騙して掌中に収めることなど、久住にとっては赤子の手をひねるよりも楽なことだったに違いありません。

そうしてドーナツEPに嵌められた幼き心の持ち主は、より強い快楽を求めて覚醒剤などの違法薬物に手を染めて行きます。そこに流れたお金が、巡り巡ってまた彼の懐を潤していたのでしょう。

そしてエトリこと鴻上悟とて、その流れの一部に組み込まれた存在に過ぎなかったはず。彼に久住が喋った過去も恐らく真実ではありません。彼のような大人でさえ信じ込ませてしまう洗練された話術。それが何よりも大きな"久住"の武器でした。

全てがフェイク。全てが虚構。
しかしそこに"久住"という人間が存在することは決して覆らない。

それ故に彼らは目の前の存在を信じて疑わない。たとえ久住が違う場所で"ゴミ"という別の名前で呼ばれる存在だったとしても、それを周りの誰かが知り得ることはない。

今日も場所を替え人を変え、正体不明の「Not found」は全てを煙に巻く。あらゆる痕跡を消し去って、自分だけの安寧を手に入れるために。

"元"真実の追求者 特派員REC

10話にて物語の潮流に大きく巻き込まれることになったのは、特派員RECこと児嶋弓快でした。

第1話では再生数1桁クラスの底辺ナウチューバーだった彼も、今では登録者数70万人を抱える人気チャンネルの主に。浜田こと久住から提供された情報によって作成した動画では最速50万ビューを達成するなど、その勢いは留まることを知りません。

故に彼はより質の高い情報を求めています。自分の顕示欲を満たすため、より高い数字を獲得するため。大衆ウケの良いセンセーショナルな動画を作り続けています。

ナウチューブのネタ元であろうYoutubeを普段から見ている方には自明かと思いますが、ナイトクローラーRECの登録者数と再生数は決して大人気配信者の数字ではありません。界隈ではせいぜい中堅止まり。一般的な知名度は皆無に等しい、ネットの一部を賑わせる程度の存在です。

だからこそRECは数字にこだわります。もっと高みを目指すため、自身の行動が真実で正しいものであると証明するために。今の彼にとっては、自分の情報を支持する者が世界の全てになってしまっていると言って良い。本当は氷山の一角のかけら程度の認知度にも関わらずです。

注意しておきたいのは、彼はドラマ内では徹底して「厄介者」として扱われていますが、決して根が悪人というわけではありません。一般メディアでは報道されない世間の闇を暴きたい、真実を公表したい。そういった欲求と自身の承認欲求が結合した結果、真実とは異なる内容を報道してしまっているだけなのです。

現に彼はナウチューバーとして成功する前は、テレビ局で働く先輩に情報を売ろうとしています。努力しているにも関わらず評価されない時間は大きな苦痛を伴うもの。そこから脱却するために動くのは当然のことで、彼も誰からも認められない虚無を味わいながら邁進した人間の1人でしょう。

それでも彼は道半ばで報道に関わることをやめようとはしなかった。それは承認欲求以上に「世の中の真実を伝えたい」という気持ちが大きかったことの表れだと思います。

それが中途半端に評価を受けたことが災いし、いつしか数字を優先するようになり、他人からの評価で情報の価値を判断するようになってしまった。

情報が真実かどうかを疑わず、手に入れた情報の点と点を繋ぎ合わせて"真実"を模造する。辿り着いた先が嘘にまみれたバイラルメディア化なのだから皮肉なものです。

そして彼のようなアンダーグラウンドな存在の周りには、同じくアンダーグラウンドな者が集まります。「自分を頼ってくる者は、メディアでは公にされない情報を持っている」という過信。自分を騙すために近付いてきていると疑わなかった慢心。それが特派員RECを窮地へと貶めます。

彼もまた、久住の作り上げたフェイクに踊らされる者の1人となってしまっていたのです。

フェイクとの戦い

久住がRECを利用して生み出した社会的ムーブメントは、悪質な虚構となって4機捜の身に降りかかります。

虚偽の情報を掴まされているとも知らずに公開されたRECの動画は、ネット上で陰謀論となり現実の彼らの仕事を阻害します。警察の動きが鈍れば久住はそれだけ逃走するための時間を確保できるため、RECの動画は遠回しに彼の行動をサポートする結果に。

エトリがあのまま取り調べを受ければ警察は久住に辿り着けたし、秘密裏に口を塞ごうものなら確実に足がつく。ならば劇場型の殺害方法を取って、その痕跡を丸ごと消してしまえばいい。

あとは成川を伝って確実に接触してくるであろうRECを対処してしまえば、理想的に"久住"に辿り着く道を断絶させることができるというわけです。

身近なところから逮捕者が出てしまった以上、大きなリスクが発生することは避けられない。そうだとしても、あらゆる可能性を考慮し、最も確実かつリスクを低減できる方法で行方を晦ませる。その理知的かつ圧倒的な計算高さがあって、久住はここまでやってこれたのでしょう。

久住は決して方法論やセオリーに則った行動をせず、あくまでも「人の心」を掌握し扇動することに重点を置いて行動します。

人を喜ばせることも怒らせることも自由自在。自分一人で戦うのではなく、不特定多数の感情を操って数の力で応戦する。それが彼のやり方でした。

REC自体は強大な力を持つ発信者ではありませんが、それ故に彼の放つ情報は人を動かすのです。多くの人は公権力の庇護下にある(とされている)マスメディアの話には聞く耳を持ちませんが、ネットでバズっている出どころ不明の情報には簡単に踊らされる実情があります。

そこそこの規模と発信能力、インフルエンサーとの人脈を持ち、それらしい陰謀論を振りまける存在。「ソースは全く分からないが、皆が話題にしている」という理由だけで広まる悪質なフェイクニュース。それを作り上げるのに彼は最適な存在でした。

そして4機捜は、否応なくその対応に追われる羽目になりました。

桔梗ゆづるが歩む道

4機捜の女隊長 桔梗ゆづるは、膨れ上がるネットの悪意を一心に受けました。

顔で出世した、上司と寝て出世した、シングルマザーなのはその上司との間にできた子どもだからだ。"あることないこと"どころか、全て見当違いのでまかせが当たり前のようにネットの闇の中で語り継がれました。

彼女のような表に立って行動する"強い女性"は、ネットでは格好の攻撃対象です。ネットの深淵を占める差別主義思想、それが彼女のような存在を頭ごなしに否定するのです。

彼女は果たしてそれをどう受け止めたでしょうか?4機捜のメンバーは(九重を除いて)徹底して「ネット弱者である」ように描写されていて、そこにどのような世界が拡がっているかについても大した知識を持たないはずです。

誰かを叩いて溜飲を下げる。ネットの中にいれば当たり前のこと。日夜行われているバッシングは、3日も立てば忘れ去られていく消費コンテンツに過ぎません。

けれど多くの人はその「ネットの常識」を知り得ません。当事者となった人物はその出来事を引きずり続け、そこで負ったダメージを意識して生きていくことになります。場合によっては、それが原因で命を落とす者もいるほどに。

今まで果たしてきた彼女の努力は想像で否定され、言葉の1つ1つは現実を抉ります。

彼女は元々はきっと、強い女性ではありません。ただただ努力して強い女性を演じ続けているだけのこと。力が全ての男社会で生き残って登り詰めて行くためには、そうならざるを得なかったのだと思います。

9話では上司の我孫子に恫喝され、思わず口を噤んでしまう一幕もありました。自己演出や演技で作り上げた虚構の自分は、やはり咄嗟の事態に綻んでしまうこともあります。嫌でも自分の弱さに自覚的になってしまう瞬間でしょう。

現実の桔梗はただただ優しい女性で、何でも受け止めて実行できるような確固たる存在ではありません。攻撃されれば傷付くし、糾弾されればブレもする。酒を飲めば乱れて醜態を晒すことだってある。それが本来曝け出したい彼女の姿です。

心の底には幾つもの深い傷を携えながら、それでもなお強い自分を演じ続けます。それが彼女の選んだ生き方で、彼女自身が果たしたいと願う使命だからです。

そんな時、近くにいてくれるのは同じく名も無き大衆から攻撃を受ける4機捜の仲間たち。特にハムちゃんや息子のゆたかと親密である志摩と伊吹は、今となってはプライベートな姿を見せても大丈夫な相手です。

単なる同僚、仕事仲間という関係を超えて、より強い結びつきを持つことになった同志。本当に素の自分でいさせてくれる、頼りたかった相手はもうこの世にはいないけれど、彼女の今の苦悩を詳細に理解し寄り添ってくれる相手は存在している。

「…死んだ奴には勝てねぇよ」

思い出は美化されて、生きる者の中で神格化されます。忘れることなどできはせず、捕らわれた心が解放されることはきっと永遠にありません。それでも生きている限りは、新たに想ってくれる者もいて。その想いに応えなければならない瞬間も、きっとあるのだと思います。

でも今はまだその時じゃない。現実はそんな想いさえも抱き込んで、彼女は戦いを続けます。4機捜の隊長として力強く、前を向いて。

九重世人の気付き

陰謀論によって4機捜の存在が社会的危機に晒されたことで、キャリア組であった九重は異動を命じられます。

彼はこれから実績を積み上げて、警察庁幹部に登り詰めるべき存在です。あくまでも4機捜は現場経験を積むためにあてがわれた一時的な配属先。そこで何かに巻き込まれて、経歴に瑕が付くことなどあってはなりません。

たまたま配属された部署が問題ありだっただけで、彼はその内情には一切関係がない。そう言えるギリギリのラインで引き上げさせることが、彼の未来のために必要な采配でした。

論理的に考えればこの人事は極めて正常なものであり、無関係者に是非を問えば8割以上が妥当であると判断するものだと思います。ただ1つ問題があるとすれば「九重自身が4機捜に入れ込んでしまっていたこと」でしょう。

元を辿れば最もこの配属をドライに考えていたはずの九重が、最も異を唱える存在になっている。そこに彼の成長とこれまでの経験を感じられるからこそ、より一層その無念が強く伝わってきます。

自分を育ててくれた人たちが窮地に立たされているのに、自分は一緒に戦うことさえ許されない。

その事実にどれだけ胸が痛めつけられることでしょう。

「警察庁で上っていくためにはな、お前は俺らみたいな兵隊とは違うんだ」

飲みニケ―ションを拒否し続けた若者は、感情的になって酒を煽り管を巻きます。そしてその傍らにはかつて拒絶する自分と何とか打ち解けようと努力し続けてくれた、4機捜の相棒の姿がありました。

誰よりも論理と効率で生きてきた者ほど、一時の感情に流れやすいもの。感情的になることの恐ろしさを、きっと九重はまだ知りません。

それを諫めて道を正そうとしてくれる年長者であり経験者。陣馬耕平が今の彼を支えてくれています。

「その分、お前は俺らと違うことができる。それがいずれ、俺たち兵隊を助けるんだ」

物事を深く考えず、誰よりも行動力と感覚で歩んできたであろう陣馬。その現場人が語る"論理"だからこそ、暴走する九重世人の心に届く。

「俺って――」

今の九重にはその意味は全く分からないのだろうと思います。ただ彼は考えて飲み込み、相手の言葉を受け入れる力を持っています。その素地が築き上げてきたものが、陣馬の言葉に宿る魂を感じ取らせたのでしょう。

「――うんざりするほど…恵まれてますよね」

自分は恵まれている。常に誰かに助けられている。誰かに育てられている。他の人なら、同じようにしてもらえただろうか。"余計なお世話"を、焼いてもらえるのだろうか。

強き者は強い故に、弱者の思考に頭が及びません。「普通に考えてこうだろう」「絶対にそうするべきだ」という考えの1つ1つが、自分の優位性によってもたらされた論理だと気付くことができないのです。

4機捜での経験は九重にその「差」の存在を認識させて。彼は前よりもずっと自分の立ち位置を理解できるようになりました。

「恵まれている」なんて自己評価を、自分で自分に言うべきではない。そう思う人もいるかもしれません。しかし本当に恵まれている人間は、それを自覚して初めて他人のために適切な行動が取れる。僕はそう思います。

その事実を把握した九重世人が選ぶ戦いのフィールドは一体どこなのか。「自分だからできること」を一体何に見出すのか。それが最終決戦の鍵を握っていると思わずにはいられません。

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