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『MIU404』分析&感想 第5話 「夢の島」の現実 全ての"無知"が招いた悲劇

2020年7月30日

折り返しであろう第5話。
「夢の島」は、外国人技能実習生の問題を取り上げた社会性の高い一話でした。

この作品は毎週何かしらの社会的な問題を話に組み込みながら、その渦中にいる人たちの"人生"を描いています。今回はその中でも実際の社会問題を色濃く描いており、かなり解釈が難しい物語だったと思います。

その根本的な問題点を、それに振り回された水森という1人の男の人生に着目しながら読み解いて参ります。

今回もよろしければお付き合いくださいませ。

「夢の島」にはびこる現実

「外国人労働者」という実生活でその実態を認識しにくい部分に光を当てた「夢の島」。

『MIU404』はあくまでフィクションであり、実際にこの5話のような極めて悪辣な問題が起きているわけではありません。しかし外国人技能実習生が"無知"故に搾取され、逃げ出したり犯罪を犯すケースは、今の日本で実際に起きてしまっている社会問題です。

ですので以下の内容では、この5話の問題を実際の日本の構造に当てはめて考えて行こうと思います。

多くの日本人は外国人労働者について「最近、街に外国人が増えたな」程度の認識でいるのではないでしょうか。その事実をネガティブに受け止めている人も少なくなく、外国人店員を忌避して恫喝するといった事案も発生しています。

当然ながら、彼らにも彼らの事情があって日本に訪れ、日本側は彼らを"全うな労働力"として期待しています。

ですが会社単位で見て行くと、多くの企業が「外国人は使いにくい」と考えています。そして個人単位で見れば、できれば同僚は同じ価値観・同じ言語でやり取りできる日本人が良いと多くの人が思っています。

今の日本では、外国人労働者は日本人と対等な尺度で扱われません。同じ条件でどちらか1人、二者択一の状況があるならば日本人を選ぶ。それが現実です。

だから外国人労働者は企業にとってより良い条件=彼らにとってより悪い条件での労働を強いられます。日本人が来てくれる条件なら日本人を採用する。日本人が決して寄り付かないようなハードな仕事を、労働基準法を度外視した賃金と時間で。それが外国人技能実習生に与えられた席でした。

働き手が不足する意味

そもそもこの国は、元より生まれ育った日本人でさえまともな労働条件で働くことができない状態です。一部の富裕層が暴利を貪り、雇用される側は劣悪な条件で酷使される。格差社会は拡がり続けていて、労働者の意欲はどんどんと下がっています。

日本において外国人労働者が必要になったのは「働き手が不足し始めたから」ですが、それは「働いていない人が増えた」ことでもあります。

そんな条件では働けないと無気力に過ごしている、そんな条件で働いて心と体を壊してしまった、働いてない(働けない)人たちが日本には大勢います。4話の「ミリオンダラー・ガール」でも、そのことが物語の一側面に取り入れられていました。

そんな悪質な状態になってしまったならば、全ての人たちが協力し合って改善して行くことが当然望まれます。働いてない人たちが働けるような条件と環境を整えて、より高い生産性を目指して努力できる国になるべきだったでしょう。

でも日本の富裕層や為政者は、その"改善"を執り行う努力を怠りました。

「日本人が働いてくれないのなら、同じ条件で働いてくれる人間を海外から運び入れれば良い」それこそが彼らの選択でした。

搾取される"無知"なる人々

日本は先進国の一員で、治安の良さも世界有数の大国。技術も清潔さもあり、貨幣価値も発展途上国の何倍も高いため、出稼ぎするには持ってこいの環境です。

そんな国が労働力として求めてくれるのなら、行かない理由はないでしょう。自国で汗水垂らして働くより、はるかに効率的で良い暮らしができる。その「ジャパニーズドリーム」に踊らされて、技能実習生たちの一部は騙されて搾取され続けています。

日本人でさえギリギリの生活なのだから、それより劣悪な外国人労働者が何とかできるわけがありません。自国に仕送りなんて1円たりともできず、ただ旅費と日々の生活費を稼いでは消費する毎日を送る羽目になる。そんなことこの国で働く日本人であれば、火を見るよりも明らかな現実です。

でも彼らはそんなこと知り得ません。
このどうしようもない現実を知らないまま、数字のマジックに騙されて「夢の島」を訪れます。

だからそれを利用して、どうしようもできないような契約内容を押し付けて利用し倒す。日本ではそれがまかり通ってしまっています。

法律違反、契約違反を犯せば借金も払えずに強制送還。犯す奴が悪い。騙される奴が悪い。そして日本人1人1人は外国人を擁護せず「あぁこれだから外国人は…」と軽蔑する。それで完結する簡単なお仕事です。

誰も困らない。日本は困らない。日本人は困らない。誰かが困ることがあったとしても、そいつらはこの国からいなくなるのだから関係ない。

そうやってこの国の労働環境は改善されないままに、「無知なる人材」を求めて様々な発展途上国が搾取されて行く。

その結果、そこに住む全ての人が劣悪な労働条件で搾取され続けます。そんな瘴気が、延々と日本社会を覆い続けることになるのです。

この問題が扱われた意義

ここまで考えることで初めて、この問題が「外国人労働者のみに関係したものではない」ことが分かるのではないでしょうか。

外国人労働者が今のまま搾取され続ける限り、この酷い労働環境が改善されることもない。その事実と向き合うことこそが重要です。

それが今この国にはびこった現実。正さなければならない悪徳です。『MIU404』の5話が扱ったのは、そんな日本の労働環境にある最も根本的かつ末端を支配する問題でした。

これは一部の政治思想とか現政権批判に留まる話ではありません。全ての人が正しく認識して初めて"改善"が見込める内容です。それが果たされなければ、政治だけで何とかできる問題でもないでしょう。

全ての社会問題の裏には人間が存在して、そこに生きる人の営みがあります。問題の裏では必ず誰かが傷付いていて、個人を消費されている現実があります。

その中でも外国人労働者問題は、我々"日本人"が肌で実感しづらいものの1つ。この5話を見て、「意味が分からない」「全く共感できなかった」「面白くなかった」と感じた人たちもたくさんいたことと思います。

人は成長するにつれて、自分の理解の外にある存在に目を向けなくなっていきます。

その事実が目の前に突き付けられても見ようとしない、でまかせだと断じてしまいたくなる場面も多いものです。

これはあくまでフィクションであり、誇張された物語です。現実と全く同じとは限りません。だからこそ、そこに考える余地があります。登場人物1人1人の人生に寄り添って、無関係な立場から心情を勝手に想像して目を向けてみる。そんな身勝手が100%許されるのがこういった物語です。

今回の話にあまりポジティブな印象を抱けなかったとしたら、その自分自身を疑ってかかるのも一興かもしれません。それによって似たような問題に自分が直面した時に、その経験が活かされる可能性もあります。そこまで行ける人が1人でも多くなるごとに、この話はより報われるのでしょう。

エンターテインメントにはドキュメンタリーやノンフィクションにはない、人の心と感情を等身大で伝える力がある。

それを感じさせてくれる一話だったと思います。

水森の苦悩

今回の物語で最も心を強く揺さぶられたのは、水森という日本語学校の事務員でした。

彼は過去に人材派遣会社を立ち上げて働いており、そこで外国人労働者を斡旋する仕事をしていました。

前職での彼は恐らく、外国人労働者と顔合わせて交流する機会はほとんどなかったはずです。

右から左へと人材を流し、報酬を得て給料を受け取る。それが彼の仕事で当たり前の日常でした。

そのことに罪悪感を抱くこともなく、真っ当な仕事として彼は従事していたのでしょう。それは過ちでもなんでもなく、ただ日本社会の在り方に則って選んだ社会人としての正しい行いです。

ただ彼はその実情について、外国人労働者のことを知り得ない立場でした。無知。それで終わっていれば良かったのです。

正しい感情と心を持った人間は、自分の仕事について多くのことを知りすぎてはいけない。取り扱っていた商品に必要以上の"情"を移しすぎてはいけない。扱っているものが人間ならば、それは尚更のことでした。

自己矛盾の果てで彼が見たもの

彼は転職先の日本語学校で、日本人留学生として努力しているマイと出会い、好意を寄せられます。そして彼女と親密な交流を続けるうちに、決して恵まれているものとは言えない彼女の生活を知ることになりました。

留学生である彼女でさえそうであるならば、自分が斡旋していた技能実習生の窮状など推して知るべし。無知だった水森は、その実情に思いを馳せられる人間へと成長してしまったのです。

そこからの彼の人生は地獄だったことでしょう。何百人もの人をこの国に招き入れ、その先で奴隷のような労働を強いさせた。何人もの"人生"をめちゃくちゃにする手助けを自分はずっと行ってしまっていた。その事実を自覚してしまったのですから。

そんな"悪徳"に加担していたことを知ってしまったら、まともな人間の心は耐えられません。実情を知ってなおこのビジネスに魅力を感じるような人は、人の心を持たぬ彼の元上司のような人間だけです。

大きすぎる罪悪感から逃れるため、自分の心を守るため、その贖罪の先を彼は求めるようになりました。それは不当な待遇で酷使されている外国人労働者を扇動し、強盗を犯させることによって処理されることになったのです。

彼らは日本社会から理不尽を受けているのだから、その社会に理不尽で返す権利がある。本来であれば受けられるはずだった幸福や金銭を、社会から奪い取ることが許される立場である。そんな言葉で鬱屈した感情を刺激し、集団犯罪を扇動します。

日本人という立場から甘言を弄すのは簡単で、それを真に受ける人がいるのも不思議ではありません。何十万人といる外国人労働者の0.001%でも賛同してしまえば、十分に集団強盗は行えます。そして困窮者とは往々にして正気と理性を失ってしまうものです。

水森はそうして外国人労働者の心に火を付けて、自分が導き入れてしまった素性も事情も知らぬ者たちへの罪滅ぼしを行います。

しかしそれもまた、ただの自己満足に過ぎず。

言ってしまえば彼の行いは、自分の罪悪感を消化するための道具として外国人労働者を利用しているに過ぎません。

「はじめから、こういう人間」なのか

彼の罪悪感を解消するための構造は、この日本には存在しません。すまなかったと謝罪したところで時既に遅く、大きすぎる理不尽に対抗するには"個人"はあまりにも弱すぎる。

どうしようもない現実の中で、彼が取ったのは「犯罪を犯す」という悲しすぎる選択でした。

「はじめから、こういう人間だ」

犯罪を犯す自分の本性をマイに見抜かれて、そう彼は言いました。マイが自分を信頼して何の気なしに話してくれた職場の裏事情。それを利用して大金を奪い取ることに成功した彼は、この時、確かにどうしようもない極悪人でした。

けれど、本当に「はじめから本当にそうだった」のでしょうか。何も知らずに外国人を斡旋していた彼の心は、はじめから"悪"だったのでしょうか。

彼は望んでそうなったわけではなく、知らず知らずのうちにそうなっていたに過ぎません。知らなかったからと言って犯した罪が消えるわけではありませんが、その事実は公共の基準によって裁かれるべきことです。自分で自分を追い詰める必要はありません。

汚れた手は元に戻すことはできないとしたら、彼の言う通りなのかもしれません。けれど自身の無知による悪徳を自覚して自分を貶めてしまう心を持った人間を、元から悪人だったと断じてしまうのはあまりにも悲しい。僕はそう思います。

砕け散った優しい心

水森は自身で抱えきれなかった悪徳の記憶を、誰かに裁いてほしかったのかもしれません。裁かれるために、自分は悪人なんだと自分で自分を納得させるために、彼は犯罪行為に手を染めてしまったように見受けられました。

そしてその犯罪に手を染める中で、自身のせいで苦しんでいる人たちを少しでも救済したいと考えてしまった。優しい心を持っていたからこそ、その矛盾の中で自身の心を痛めつけ続けてしまって、ついには完全に壊れてしまったのだと思います。

善悪の基準すらおかしくなって、何が大切なもので、何と戦っているかも分からなくなった時。

「俺は今"何十万人"の話をしてない」

彼は志摩に出会って"現実"を突きつけられました。

「マイさんの…"1人"の人間の話をしている」

それは最初に彼の罪を気付かせてくれた、最も大切な人のこと。彼女は自分のせいで犯罪者の濡れ衣を着せられて、職を失いました。

水森はマイを利用して多くの人のためになろうとした結果、過去の自分が"そうさせてしまった"人たちと同じ立場まで、大切な人を追い込んでしまっていたのです。

「日本に憧れてやってきた…1人の――」

自分は何がしたくて、何のために今、彼らを扇動して悪事をはたらいているのか。そもそもの目的は何で、今自分がしていることは何なのか。理不尽に理不尽で返す、それに一体、何の意味があるのか。

「――たった1回の…"人生"の話を」

悪いのは国の構造で。自分は悪くないと思いたくて。それでも自分を責め続ける自分自身から逃れることができなくて。その矛盾の過程で彼は、また気付いてはいけないことに気付かされてしまいました。

壊れていた心は完全におかしくなり、優しいはずだった水森という男は、完全に後戻りができないところまで自分自身を貶めます。

たった独りで強盗に臨み、最後は誰も巻き込まずに逮捕された彼。

思うままに感情を散らせ、叫び声を上げた彼は、一体何を想ったのでしょう。それは彼自身にも分からないことなのでしょう。

おわりに

「水森は少しは楽になったのかな…罪を叫んで裁かれることで」

罪を叫んで裁かれた水森は、ようやくたどり着きたい場所を得られた。志摩はそのように解釈して彼の心情を慮りました。

それは志摩の過去にも関係することのように思います。志摩の過去が分かる6話では、彼の行動や発言の意味が解き明かされるかもしれません。

水森は取り返しのつかない罪を犯したとは言え、その行動は社会の在り様を変える一石となり得ました。それはある意味で幸福で、またある意味では不幸なことでもあるはずです。

大変に難しい社会問題を取り上げながら、その渦中にいる人たちの心情をただひたすらに拾い上げた意欲的な1回。

視聴者離脱を招きかねない内容で、この5話はかなり賛否が分かれていると思います。ですが、このブログでは折り返しとなるこの5話にそれを投げてきた挑戦心を、しっかりと買いたいと思います。

それが『MIU404』という作品全体において成功だと言えるのかどうかは、今後の展開にかかっています。そして次の第6話は、全体像を知るための重要な1回です。

5話の伏線と絡める形でその内容をしっかりと見て行きましょう。また次回の記事でお会いできたら幸いです。それでは。

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はつ

『超感想エンタミア』運営者。男性。美少女よりイケメンを好み、最近は主に女性向け作品の感想執筆を行っている。キャラの心情読解を得意とし、1人1人に公平に寄り添った感想で人気を博す。その熱量は初見やアニメオリジナル作品においても発揮され、某アニメでは監督から感謝のツイートを受け取ったことも。

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