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『キンプリSSS』4話感想 数値化のその先へ!十王院"カケル"の目指す煌めき!

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最新作劇場版&TVアニメシリーズ
KING OF PRISM -Shiny Seven Stars-』公開記念!

『キンプリSSS』『スッスッス』の感想記事。
最速上映参加の勢いで1話ずつガッツリと。

4話は十王院財閥の御曹司 十王院カケル!

1章の感想の方、各話たくさんの方に読んで頂けまして大変光栄でした。ありがとうございます。2章もバッチリ最速上映に行ってきたのですが、カケルの話はなかなか感想を書くのが難しい話で悶々とする日々を送っておりました…。大分まとまったと思うので書いてみます…。

カケルと言えばやはり取り巻く環境の複雑さと、それを覆い隠すような(表面的には)軽い性格が売りとなっていたキャラクター。プリズムショーシーンこそないものの、『キンプラ』では裏でヒロをキングに導く立役者になったりと、他のメンバーとは一味違った活躍を見せてくれた彼でした。

そして複雑なお家事情の渦中にいるという点では、やはり1章で魅せてくれたユキノジョウと双璧を成す存在というところでしょうか。

芸能という固着した価値観に束縛されるユキノジョウの複雑さと違い、ビジネスという多様性の渦中で立ち回らなければならない複雑さを抱えた男の子だったと思います。それ故に、何となくどのような話が展開されるかは想像できるが、それがどういう方向を向くかは全く分からないキャラの1人でした。

4話はそんな彼らしい、解釈の多様性を残した物語に仕上がっていたと思います。今回もネタバレ有りでバッチリと書かせて頂きます。よろしければお付き合いくださいませ!行っちゃうよーん!

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これまでの十王院カケル

エーデルローズのメンバーでありながら、十王院財閥の御曹司。若干16歳で既に役員まで勤める超敏腕高校生ビジネスマンの肩書を持つ彼。初作では、執行役員としてシュワルツローズの制服を身に纏い視察に行くなど、公私をしっかりと使い分けられる一枚岩ではないキャラクター性を覗かせていたのが印象的でした。

『キンプラ』では自身が総指揮を取っていたP.R.I.S.M.システムを別会社と提携させる大胆な経営戦略でエーデルローズの危機を救い、常務の真田を出し抜き仁の思惑を破綻させるなど陰のヒーローとして活躍。その姿や行いを誰に伝えるでもなく、真田の悪行を白日の下に晒すこともなく、何事もなかったかのようにエーデルローズの十王院カケルに徹し続ける器の大きさを見せてくれたのでした。

しかし前作までではその仕事ぶりを見ることは多くあっても、実はプリズムスタァとして何かに挑戦している姿を見ることはほとんどなかった。何故プリズムスタァを目指し始めたのかもよく分からないキャラでした。

オーソドックスに考えれば、仕事ではない自分でいられる場所としてエーデルローズにいるのだろうと推察されるのが普通なキャラクター。今回初めてのプリズムショーに挑戦するに当たって、その辺りの理由がどう描かれるかが『スッスッス』に期待されるところの1つだったかと思います。

雰囲気は見えるが先が読めないカケル回。そのシナリオを語っていきます。

大事を扱いながらも「個人」に重きを置いた語り口

開幕半沢直樹パロからの池井戸ナレーションが炸裂し「やりがったな菱田」感が凄まじいスタートでした。「10倍返しにしてくれるゥ!!」それお前が言うのかよと誰もが思ったんじゃないだろうか。
(追記:これ4話の台詞じゃなかったですね…)

しかしながら池井戸潤作品のドラマ化に際して欠かせないあのナレーションには「難しいビジネス用語を上手いこと作品に落とし込む力」があると考えられます。別に聞いていてもいなくても作品を楽しむ上では大して重要ではないが、作品を理解する上ではなくてはならない説明を一気に終わらせつつ、その時間を利用して作品の雰囲気を固めるといった効果を持っています。

1キャラ当たり濃く語れる時間が20分強しか存在しない『キンプリSSS』において、こういった内容圧縮技術の活用は必須と言って良く、一般に大きく広まったこの池井戸ナレーション方式を採用するのは確実かつ堅実な方法であると言えます(超好意的な解釈)

これにより、開幕の時点で「あぁカケル回はやっぱりビジネスの話を中心に展開するのか」ということがスッと頭に入ってきたのは言うまでもなく、一瞬で「どんな話をやるんだろう」という疑問を解消して話に没頭させる勢いある形に仕上げてきたと思いました。TVアニメの4話ではなく、1本の映画の始まりとしても鑑賞者の心を作品に集中させる見事な導入だったと言えるでしょう。

マダガスカル支社(マダガスカル支社…?)に出向を命じられたカケルは、大自然の中で十王院グループの一員として働くメリナに出会います。正式名称ネブカドネザルうんちゃらかんちゃら。とりあえず言語の圧力でゴリ押ししてくる感じ「今回は監督の脚本か」と感じざるを得ないキンプリムーブ。

都会には全くない雄大な自然を目にしたカケルの「大自然を尊重するというのが良いと思うけど」という何となしの発言に対し、「それは自分達に貧乏でいろということだ。そうやってお前達は搾取を続けるんだろう」と敵意を向けるメリナ。短い時間でディープな社会問題に切り込む脚本でした。ちなみに先進国の生活は、こういった貧しい国から資源を買い叩いているからこそ成立しているという背景は現実にあるようです。

「世界で一番綺麗な景色が何か知ってるか? 飛行機の上から見る東京の夜景だよ」

「俺だって東京の街で遊び歩きたい」(要約)と熱意のこもった眼差しでカケルに語るメリナは、別にふざけたことを言っているわけではありません。あの光はそこにいる人達の生活や仕事があって生まれるもの。たくさんの人がそこに生きている証なんだとカケルに伝えます。

それでも決して彼は「東京に住みたい」とは言いませんでした。ただ「この国を東京みたいにしたい。そのためには今はお前達の力を借りるしかないんだ」と、真剣な目で大きな目標を語ります。

それに感化される形でカケルの心も変わって行ったことでしょう。自分にとっては息苦しいだけの都会の街並みや高層ビル群の光も、立場が変われば全く違うものに見える。それを素晴らしいものだと感じる人がいる。自分達の価値観をそういう人達に押し付けてばかりでもいけないんだと、真摯に受け止める彼が見れたと思います。

風呂敷を拡げ大きな社会問題を軸に置きながらも、あくまでそこに息づく「個人の生き様」に重点を置き語り連ねていくところは『プリティーリズム』から続く人間の物語を感じさせてくれる一幕でした。

人の心に触れ、考えを知り、自分の中の価値観を変えて行くことができる。十王院カケルの姿は若くして聡明そのもの。10代半ばにして十王院グループの最年少役員に就任するという実績を持つのも頷ける。しかし彼がそこまで早熟であったのには、彼を取り巻く壮絶な環境も理由の1つとなっていました。

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身の危険と隣り合わせだからこその聡明さ

生まれながらにして世界を股にかける大企業の御曹司であった十王院一男の人生は、家庭環境=職場環境とも言うべき苛烈なものでした。

結果が全ての利益主義。正直者が馬鹿を見て、悪人が制度を利用して正義を気取り出世する。社会のしがらみを濃縮したような環境に身を置いていた彼は、幼児期で既に社会の根源的な問題点を理解させられてしまっていたのです。

しがらみに囚われているという点ではユキノジョウと境遇を同じくするのですが、カケルが彼と大きく違うのは「逃げようと思えば逃げられる」というところでしょう。別に自分が背負いたくなければ背負う必要はないにも関わらず、それを背負うことを受け入れ、最大限の努力をすることを選んでいる。それが自発的なものであるにしろないにしろ、その苦痛は計り知れないものだと言えます。

厳しくはされるものの常に愛される立場にあり、身の安全は保障されているユキノジョウには、だからこその「自分の道を自分で探し当てなければならない」重圧がより重く重くのしかかっていました。

逆に、先代から敷かれたレール(努力の方向性)は確実なものながらも、世襲制を良しとしない役員連中から常に自分の首を狙われているような環境で、独自の選択を強いられて生き抜いているのがカケルです。あの歳で「ハニートラップなんて日常茶飯事」と軽く言い捨てるような人生…。誰も信頼できなくなってオタクになるのも無理はない…。

広義では似ているようで、狭義で見るとカケルとユキノジョウの2人は、実は対極の存在であるとすら言えるかもしれません。

だからこそ、同じ境遇に身を置きながらも互いの違いを理解し「あいつの苦痛は俺達には分からない」と尊重し合う2人の関係性には心動かされるところがありますね。言葉だけ見ると一見冷たいように見えて、決して知ったかぶることも軽んじることもなく、本人だけの戦いの厳しさを理解しようとしている。男の友情。エモ&エモ。

家庭環境についても、歌舞伎という強制された血の運命の中で可能な限りの幸せと愛を向けようとしている立花家に対し、どう見てもビジネスのことしか考えていない母親とビジネスのことしか考えられない(余裕がない)父親(婿養子)に育てられ、ビジネスそのものと言うべき祖父を持つという正に「詰み」のような状態の十王院家。

そんな中で、他人でありながら唯一彼に最大限の愛を向けてくれた児玉専務は真田に謀られ、失脚させられてしまいます。それを誰も庇おうとしなかったところをまざまざと見せつけられた一男のショックは如何ほどのものだったでしょうか。一般人の想像を絶する経験だったと言う他ありません。

そして個人的な考えでは、一男もまたそんなビジネスの洗礼を受け、既に打算と計算で物事を考える人間になってしまっているのだと思います。

それを決定づけているのが真田常務の存在です。

僕が思うに、私怨を優先すれば一男が真田を失脚させるタイミングは幾らでもあったと思うのです。PKCの件も間違いなくそうでした。ですが、カケルはそうしなかった。しかもあろうことか真田はそれをダシにして一男を出向させる手筈を整えてしまっていたのです。それすらも受け容れ、良しとしているように見えました。

これに意味があるとすれば「真田常務が十王院グループにとってまだ必要な存在である」と彼が判断しているということであり、転じて一男が人間性や感情でなくビジネス手腕で相手の存在価値を判断していることに他なりません。聡明であるが故に悲しい現実と言うべきか、悲しい現実があったからこそこの聡明さと言うべきか…。

でもいつか一男として家族と向き合ってほしいし、真田にも引導を渡してやってほしい。感情と計算――カケルと一男の間を突き詰めた彼の姿を絶対に見せてほしいと思っています。

彼がカケルではなく一男として家族と向き合い、感情をむき出しにするシーンは今回見ることができませんでした。僕はその日が来るのを信じて待ちたいと思います。二期はまだか?

余談ですが、天誅ババアが思ったより普通に天誅ババアで安心しました。あのシーン、恐ろしいまでに毒を煮詰めた親族に囲まれたカケルにとって、女を侍らすおじいちゃんの酷い体たらくとそれを取り巻く家族の意外な光景すら癒しであったのかもしれないと感じています。

「自分の家族も何だかんだ人間なんじゃん」と思っていたのかもしれないなぁと。

「やりたい」という気持ちだけで体現された煌めき

そんな一男がプリズムショーと出会い、カケルとしての人生を歩み始めたのもまた自身がP.R.I.S.M.システム開発の統括になったからというもの、つまり仕事の一部でした。プリズムショーが持つ愛の大きさを数値化すると途方もないものを叩き出すことに驚愕し、興味を持ったのです。

しかし彼がエーデルローズの扉を叩いた理由は仕事の延長ではなかった。そこにあったのは「自分も翔びたい」という強く大きな感情のみ。幼少期以降、きっと彼は初めて自分の感情の動きを実感したのではないでしょうか。

感情を数値化することにこだわる彼こそが、「やりたい」という最も数値化できない自分の感情でプリズムスタァとして在るというのは大変な皮肉でありながら、本当に喜ばしいことこの上ないものです。

出会いは仕事だったけれど、挑戦を選んだのは自分の心。決してしがらみから逃げるわけでもなく、仕事のための研究として向かったのでもなく、ただ自分の心の動きに正直になった結果が十王院""のスタートだった。これを知れたことが今回の話で最も重要な部分だったと僕は思いました。そして惹かれ合うように背負う者を持つユキノジョウと出会い…はぁーエモ…(どこかで見たようないきなり呼び捨ての構図だった)

その後一度はプリズムショー界にはびこる、既視感のあるしがらみの強さに辟易し失望しながらも、一条シンくんの登場により彼は再び立ち上がります。数値化できない愛を確かめるために、彼はまだ答えのない答えを求めて戦い続けているのです。

どうでもいい話なんですが、ここで流れたのが「ハート イロ トリドリ~ム」だったのは6話でアレがアレする伏線(※ご新規さん向け)だったんだろうなと…。こ、構成の巧み…(超好意的解釈②)

カケルの本当の心を知ったメリナは「ここでプリズムショーをしてくれ」とせがみます。そりゃ見たくなるさ。プリズムの煌めきは国境を超える。驚きながらもそれに応えるようにカケルのプリズムショーがスタート!

正直言ってストーリー的には唐突感がありましたが、決意のスタートではなく、なし崩し的なスタートというのが今のカケルの不完全さを象徴しているようで良かったなぁと。彼はまだ自分探しの途中なんですよね。

ジャンプ回数はスプラッシュなしの2連続ながらも、ジャンプ前半で衝撃のサイリウムチェーンジ!

特別なものではなく「過去に登場している演出」感全開でナチュラルに投入されたこともあり、監督からの「まぁお前ら当然見てから来たとは思うけど」という挑戦的なメッセージが込められているとしか思えない流れ(プリパラ未履修の俺無事死亡。チョロいオタクなのでこれを機に見ようと思う)

他の誰にもない演出に挑戦できたのは、彼が数多のプリズムショーを研究してきた知識人だからなのか、プリパラおじさんだから(劇場版おまけ映像参照)なのかは分かりかねるところですが、どちらであっても面白いからまぁ良いか!

他のキャラから特に「なんだあれは!?」という反応がなかったので、あの世界線でもサイリウムチェンジが既存の演出として存在しているのか、あくまでカケルの「プリズムジャンプ演出の一環」という位置付けで処理されたのかも微妙なところです。

しかしここで重要なのは、やはりカケルが他の人が決して挑戦していないスタイルのプリズムショーに挑戦したというところではないかなと。連続ジャンプの回数よりも、1回のプリズムジャンプの濃さ(長さ)にこだわることで彼らしいプリズムジャンプを跳んでくれました。

これは自分にしかできないプリズムの煌めきを体現したいとカケルが思っているということだと思うし、オンリーワンの自分自身「十王院カケル」を目指したいという若さとか感情の強さというのが乗っかってきているのではないかと解釈しています。

「ここにいる時くらいは、普通の高校生の立花ユキノジョウで良いんじゃない?」

あの台詞はきっと、自分に向けられたものでもあったことでしょう。彼もまた、普通の高校生の十王院カケルでいたいという気持ちが強く乗っかったプリズムショーだったと思いました。

カケルの発したプリズムの煌めきはマダガスカルの天然ガスを爆発!!事業を大成功させたことで短期間でのダイナミック帰国を果たすことに成功!!すごいぜカケル!!すごい脚本だ!!正にプリティーリズムって感じ(1話の「天然ガスたっか!?」が伏線だったとは…)

補足ですが、『キンプリ』公開中の頃、何かの折に「カケルは札束から裸で生まれるプリズムジャンプを跳ぶ」とか言ってたのを覚えていたので「マジだ!www」ってなってましたね。意外とそういうとこ本当にちゃんと拾って来てるんですよね今回…。

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おわりに

2章は起承転結で言えば「承」に当たる話数。
全体の繋ぎとしての役割を果たす部分であるため最も盛り上げるのが難しく、安定した展開が求められるところだと言えます。

実際2章の3人は、現段階では「どうとでも動かせるが、どうなるか分からない」キャラ達だったと思っています。そのトップバッターを務めたカケルの話は掴みとして極めて重要になるものです。

カケルは過去作で元々公開されていた設定の時点で複雑さが確定的でした。敵対するシュワルツローズと十王院財閥の結託など短期間で解決できない問題が山積みです。そうであるからこそ、簡単にまとめられない難しさを持ったキャラでした。

今回、彼はストーリー全体の繋ぎとしての役割を与えられたと言えますが、その結果ストーリーの盛り上がりは他のキャラに比べて控えめであったと言わざるを得ないところがあります。そういう評価や不満が出ていても不思議ではありません。

しかし『スッスッス』の本質は、彼らの始まりを描く物語だと思っています。

ユキノジョウは自分の生きる道を受け入れ、個人としてのスタートラインに立ちました。タイガは理解できなかったカヅキとの関係性を紐解き、自立への道を歩み始めました。

カケルはプリズムスタァ「十王院カケル」として、一男とは違った一歩を歩み出す物語を紡いでくれたと思います。

実際のところ、彼の人間的な物語の最も熱いところは「十王院一男」とどう向き合うかが本懐です。そして作中でも語られていた通り、彼はまだ一男と向き合うことができていません。ならその時を我々は待とうではありませんか。二期はよ(※まだTV放送が始まってもいません)

物語の盛り上がりが不完全だったのは、彼がまだ不完全な証。全てのことに完全には折り合いを付け切れていない、ただ自分の感情に正直な男の子がやるプリズムショーが見れただけで、僕は今回満足でした。

ここであえて十王院カケルというキャラを描き切ることを選ばず、必要な事だけを重点的に語り、より味わい深いキャラに昇華させる選択をした製作陣の手腕は実にお見事でした。次こそは彼がより強く大きくはばたき、空を翔ける瞬間を我々に見せてください。お願いします。

お読み頂きありがとうございました。
5話の感想をお待ちくださいませ。

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