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キンプリオタクの『A3!』ミリしら感想 第12話 描かれる「克服のSUMMER」信頼と感謝の千秋楽へ

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1クール目最終回。
そしてアニメにおける夏組の物語がやってきました。

若き心をぶつけ合い理解し合い、大きな困難に直面しながらも絆を深めて乗り越えてきた夏組の仲間たち。

最後に立ちはだかっているのは、今までよりも遥かに高い壁。皆を引っ張るリーダーに与えられた試練は、彼らの初舞台その物をぶち壊しかねないものでした。

それぞれの想いを胸に、皆で皆を支え合う。
そんな意識を持った彼らが紡ぐ「克服のSUMMMER」。

始まります。

"完璧"ではない"最高"を目指して

「皇天馬」のネームバリューによって、初演を前にして完売御礼となった夏組の「Water me!~我らが水を求めて~」。しかし逆にそのネームバリューが災いし、ゲネプロでの失敗がメディアから拡散されてしまうことに。

明確なアドバンテージとディスアドバンテージを背負った彼らの初演は、始まる前からあまりにも重たいものになってしまいました。

だからこそ、彼らはより強く結びつきました。天馬は唯一のプロとして独り突っ走ることも抱え込むこともなく、対して他のメンバーは天馬の実力におんぶに抱っこでもありません。

各々が舞台の成功のために考え、意気込み、努力する。全員が横並びの存在として、最高の成功に向け歩む座組がそこにはありました。

年齢や実力・経験とは全く関係ない、同じ場所で時間を共にしたから築けた、互いが互いを認め合える"仲間"の形。何もかもバラバラだった彼らは、公演開始を前にして理想の形を掴むことができたのです。

一成が考えた一見トンチキな円陣は、4人から天馬に向けられたメッセージでもあるのでしょう。最も実力がありながら、今回の舞台を最も恐れる座長。キャリアがある故に激しい苦悩がその胸にあることを、彼らはきっと理解しています。

円陣と言えば、演劇にはつきもので。演劇に限らず多くの人が集まって人前で何かを披露する場では、行われることも多いものだと認識しています。

その円陣を組むのは「初めてだ」と少し呆気に取られる形で漏らした天馬。その反応の意味はきっと、今まで彼が演技を職業的にこなし続けてきたということなのでしょう。彼の演技に対するストイックさも、その背景から来ていると感じ取ることができます。

大きなしがらみに囚われて、完璧を目指すことに固執してきた皇天馬の心。それを仲間たちの熱意が確かに解きほぐして行きます。彼にとって、これが初めての熱意だけで立つ演技の場なのかもしれません。

"完璧"ではない"最高"を目指して。
多くの"初めて"が詰まった彼らの舞台が、幕を開きます。

成長を感じる初回公演

開演のアナウンスと鳴り響くブザー。
開いた幕の前に拡がるのは、劇場をいっぱいに埋めた観客の姿。

その光景に当てられる形でトラウマをフラッシュバックさせる天馬の胸に幸が優しく、それでいて強く拳を叩きつけます。

「ポンコツ役者…」

特別な言葉を送ることもなく、いつも通りのテンションと内容で。その幸らしい"励まし"の気持ちは、確かに天馬の心に届きます。

深呼吸をして平常心を再び取り戻した天馬は、幸と共に"初めて"の舞台に上がります。

本番ともなれば、声に勢いと熱意がより強く乗るものです。劇中でも何度も披露された開幕のアリババとシェヘラザードの台詞も、全く違った趣きとなって我々の心にも届きます。

「前置きが長い!3行で!」
「アラジン 魔法のランプ 魔法使い♪」
「行ってくる!」

劇中で聞いた時は、はっきり言ってどんなシーンでどんな風に見えるのかも分からなかったこの台詞。ですが実際に本番を迎えると、「舞台の1シーン」としてしっかりと成立していて「こういう感じだったんだ」と気付かされました。

彼らの成長と稽古の風景を見守ってきた視聴者は、観客とは違った視線を持って稽古と本番の違いに気付くことができます。原作ではいづみを通した監督として舞台を見ることになるはずですが、アニメでは座組の中にいる名も無き第三者としてこの舞台を観劇しているような感覚です。

意志が実を結ぶこと

次のシーンでは一成演じるアラジンとアリババ、そして三角演じるランプの魔人が加わったコミカルな一幕。ここでも稽古で取り上げられた台詞が形となって目に入ってきます。

そして夏組にとって大きな転換点となった魔人の流れるようなアクションシーンは、観客を完璧に沸かせるに足るクオリティでした。

「皆がすみーのこと見てる!」

それは彼らが自分からやりたいと思ったこと。

「カズがやった方が良いって言ってくれたから!」

やった方が良いと自分の意見を主張したこと。

そこで自分の意見を言わなければ、なかったシーンかもしれない。稽古での交流がなければ、生まれなかったシーンかもしれない。

舞台における観客の反応は、どれだけ卓越したプロでも完全に読み切ることはできません。笑わせるつもりで創り上げたシーンではなかったところで、観客が爆笑する。それもとてもよくある光景です。観客の反応を得て初めて、演者とスタッフ、演出家(監督)を含めた全員が「そういうシーンだった」ことに気付くのです。

だからこそ舞台とは、そのような実際の「お客さんの反応」が体現された時に初めて完成するものです。そして稽古中に議論が交わされた箇所ほど、初演時の反応が演者の心の在り様を大きく左右します。

「「舞台って――」」

自分たちで"やる"と決めたことが、思い通りの反応となって自分たちのところに返ってくる。間違いなくこれは、舞台演劇で最も心が満たされる瞬間の1つです。

「「すっごく楽しい!!」」

初めての舞台で味わう、初めての成功の味。
それはきっと、自分の意見を言うことに躊躇いがあった三好一成という1人の人間を変化させるに、十分な出来事だったのではないでしょうか。

努力が"自分"を変えること

全身全霊・全力全開で飛ばし切る仲間たちを見て、舞台袖で少し自信なさげな顔を浮かべる椋。

どれだけ緊張していても、一度舞台に出てしまえば役者としてのスイッチが入るもの。何が何でもまず舞台に上がって台詞を言う。これこそが、全ての意味で舞台役者がすべきことです。

最も演劇の能力と自信が不足していた椋が出演順でも最後に回るというのは、その点で残酷なことだったかもしれません。

「王子様になるんでしょ?」

そんな椋を支えるのは、普段から彼と共に支え合う幸でした。

先に舞台に上がった者としても、1人の人間としても、彼は最も今の椋の心に寄り添えます。

「見せてやろうよ。椋の新しい夢を」
「…うん!」

その言葉に大きな勇気を貰って、椋は決意を新たに舞台の上へと向かいます。自信も渦中の中にいながらも、天馬と椋という2人の心に寄り添った幸。まるで世界を達観するシェヘラザード本人のようで、味わい深い光景です。

椋演じるシンドバッドは、稽古の時からは見違えるほど"様になった"立ち振る舞い。彼が台詞1つまともに言えなかった自信のない少年だったことなど、観客の1人として想像しないでしょう。

誰よりも時間を使って、誰よりも遠いところから役者になることにチャレンジした椋の努力は、この瞬間を持って報われたと言って良い。そう思います。

しかしここで、そんな彼の前に、さらなる大きな事件が訪れます。

本当の仲間になれた証

ここまでほぼ"完璧"な芝居を披露し続けてきた天馬が、台詞を飛ばしてしまったのです。

乗りに乗って芝居ができていたとしても、1つのミスでそのテンションは一気に奪われる。そして一度人前に出て演じ始めてしまったが最後、その過ちをなかったことにすることはもうできない。

特に天馬はトラウマが刺激されて、その後全てを駄目にしてしまうかもしれませんでした。事情を知っていれば、誰もがそうなると感じておかしくはない状況。舞台袖の仲間たちも、これには不安と心配を隠せません。

「……黄金の在り処なんて知らないよ」

その天馬を救い出す助け舟を出した存在。それがなんとシンドバッドを演じている椋でした。

現実としてあの場で天馬を救済できるとしたら、それは舞台で共に演じている椋だけでした。ですが、彼にそんなことできるはずがない。彼の始まりを知っている者ならばこそ、天馬の救済を期待するのはあまりにも残酷すぎると思い至るはず。その期待が、彼に罪の意識を抱かせてしまうかもしれないからです。

でも彼はその期待の遥か上を超えて行く。
舞台上で天馬のミスをフォローして、シンドバッドとしてアリババに語りかけました。

「椋が繋いだ…!?」
「テンテンも持ち直した!」

失敗は誰の身にも降りかかる。だから全ての演者がその瞬間に向けて油断せず、物怖じせずに備えなければなりません。

それは口で言うのは簡単ですが、実際に行うのはその何億倍も難しいことです。

いつどんな形で訪れるかも分からない失敗とトラブルに、アドリブで対応できるまで演技を煮詰める。場慣れした役者でも、100%成功させられることではありません。

「椋…助かった…!皆で頑張ってきたのに、俺が台無しにするところだった」

誰よりも劣等生だった少年が、誰よりも優等生のリーダーを救い出す。

そんな奇跡のような光景が、目の前に広がることもある。それがリアルタイムに進行する演劇に与えられた拡がりです。

「大丈夫だよ、天馬くん。舞台の上には僕たちが…夏組の仲間がいるんだから!」

これは椋の努力だけで為し得た結果ではありません。
天馬が自分のトラウマを明け透けに話したから、彼が皆と対等な位置に並ぼうと思ったから、椋もまたそのための心構えと準備をすることができたのです。

天馬がそれを告白せず、ゲネプロも公開せずに本番を迎えていたら、きっと椋は「天馬がミスするわけがない」と思い込んでしまっていたと思います。

だからこの結果は、彼らが本当の意味で仲間になろうとした証。そして本当の仲間になれた証でもあるでしょう。

一度っきりの舞台

大きな失敗を間に挟みながらも、演目としては全く滞りのない展開。その失敗を犯した天馬の心に「1つのミス」が刻まれているとしても、それは舞台を見ている観客には全く関係のないことです。

皇天馬のミスと関係なく、誰かに大きな迷惑をかけることもなく、彼らの初演は大成功で幕を引こうとしています。

「――あぁ…今なら理解できる」

そんな折に、彼の心に思い浮かんだのは演目とは全く関係のない感情でした。役者 皇天馬として抱く、この舞台で得たかった答えの到達点を夢想します。

「やっと分かった…監督が、何を伝えたかったのか」

自分は、本来なら許されないミスを犯してしまった。取り返しのつかなくなるかもしれなかったミスは、仲間の援護によって"結果的に"なかったことになった。

だから自分の芝居は"完璧"ではない。
でもそれ以上の充実感と充足感がそこにはある。

――きっと舞台に立てば分かる。

最後の台詞を言い終えて舞台袖にはけた天馬は、その実感と監督の言葉を改めて噛み締めます。

「この芝居は…この一度だけ…。舞台の客はその"一度っきり"を観るために来てくれる…」

このメンバー、この時間、この場所で無ければ絶対に為し得なかった「一度っきりの舞台」がそこにはありました。

そしてそれは、どんなものであれ観客にとって唯一無二。もう二度と誰も観ることはないであろう、その演目のたった1つだけの形です。

それを大きな笑いと歓声に包んで終われたのなら、それ以上は存在しない。そこにしかない"最高"の舞台は、体現される。

カーテンコールに登壇した彼らを待っていたのは、観客からの忌憚ない拍手喝采でした。裏事情など知るよしもない、ただ目の前に展開された演目を「最高に面白かった」と感じているであろう無垢な彼ら。

「――ありがとうございました!」

その反応を持って、皇天馬は乗り越えました。失敗した過去の自分を。完璧を目指すことしかできなかった自分自身を。

もう何も怖いものはありません。その実力を遺憾なく発揮し、共に困難を乗り越えられる仲間たちと共に、舞台の楽日を目指します。

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