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キンプリオタクの『A3!』ミリしら感想 第11話 完璧ではない最高を 今この場に集えた奇跡

投稿日:2020年6月22日 更新日:

夏組の物語もクライマックス。早いものです。

より結束力を高めて前に進む彼らですが、ここに来て皇天馬の親子問題が噴出。まだまだ一筋縄では行きません。

若々しくも様々なものと葛藤し1つの舞台を目指す彼らの物語は、どこに行き着くのでしょうか。

混迷する物語の後半戦を紐解きます。
今回もよろしければお付き合い下さい。

王子様とお姫様

様々な内容が描かれた11話の中で、まず取り上げておきたいのは瑠璃川幸と向坂椋の関係性です。時間にすればわずかなものでしたが、今回の彼らはしっかりと拾っておくべきだと考えました。

男性的な振る舞いをしながら、心には女性的なものを持つ幸。女性的な見た目と性格でありながら、心は男性的な強さを求める椋。

過去のストーリーでは気弱な椋を支える幸という構造が目立ち、さながら幸が王子で椋がお姫様。一見すると彼らはそのような関係であると取ることができました。

しかし今回では椋が幸を励ます初めての展開に。
性的にナイーブな部分を過去の知り合いに弄られて、深くダメージを受けた幸のことをどこか"分かっている"かのように優しく受け止めたのです。

椋の憧れるもの

これまでの流れが察するに、椋は気弱な少年ではあるものの、自分の持つ要素や境遇については一定の割り切りが存在しているようです。

どこか少女のようなか弱さと性格を卑下する描写もなく、怪我で部活を引退したことを自虐することもありません。多くを理解して受け入れた上で、「王子様になりたい」という自分の夢を追い求めています。

彼は周りから気を遣われやすい性質ですが、中身についてはしっかりと芯が通っていて毅然と目標に向かって努力できる少年です。なので彼は意外と、平常時は他人からの精神的なサポートを必要としていない(無くても自分で何とかできる)タイプなのかもしれません。もしくは過去の経験から、その境地に辿り着いてしまったのかも。

だから幸が精一杯守ってくれていることも、今の椋がそれを望んでいるようには見えていません。ただそれと同時に、幸から向けられる気持ちはすごく大事にしていて、そうしてくれる幸のことが好きなのだということが伝わってきます。

気を遣われる性質だからこそ、その"気の遣われ方"には敏感になるものだと思います。例えば過去に登場した部活の同輩も、椋に何かしらの気を遣ってくれていたのは事実です。彼らには彼らなりの配慮があったように見えました。

ただ客観的に見ると元部員の行動は、あまり良い関係性を見出せるものではありませんでした。気を遣う側に、保身やそれに準ずる感情が織り交ざっているからでしょう。きっとそのような対応を受けることが、椋は日常的に多くあるのだと思います。

その中で彼のことを本当に親身に考えて寄り添ってくれる幸の気持ちが、椋にとってとても嬉しく、心安らぐものであることは想像に難くありません。

行動ではなく"気持ち"で自分の求めるものを届けてくれる。椋にとって幸は、そのような特別な存在なのでしょう。

「やっぱり幸くんはカッコいいね」

少女漫画の"王子様"とは、どんな形であれヒロインの心をしっかりと掴んで、"気持ち"で応えてくれるキャラのことを言うと思います。それが一般的にどうとかは関係なく、その2人の間柄で成立していることだけが重要です。

「幸くんカッコよさは、僕の憧れだよ」

その観点で言えば幸は椋にとって間違いなく王子様なのだろうし、椋が目指すべき理想の1つを初めから持っている相手です。自分のことよりも、常に相手のことを気遣って行動できる。そんな憧れの対象なのだと思います。

幸の葛藤 椋の想い

一方の幸は表面的には強い自分を演出しているし、実際に強い側面もある少年です。

ですが自分の持つパーソナリティに折り合いが付けられているわけではまだなさそう。自分が男らしくあるべきなのか、女らしさを追求していくべきなのか、その答えをまだ見つけることができていないのです。

彼は今回の演目で女性を尊重したままのシェヘラザードを演じることになっており、キャラの性転換などが行われていません。そのことについて一切の不満や不安を漏らしていないことから、彼は女性を演じることに前向きであることが分かります。

普段着がレディースであることも含め、彼は心中では「女性でありたい」または「女性的なものを好む」気持ちを強く持っているはずです。そのどちらかはアニメからは読み取れませんが、少なくとも女性的な感性に否定的ではありません。

ただその裏で、自分が男性であることに思い悩む直接的な描写もありません。男性としての自分を嫌っているわけでもなく、振る舞いについては至って普通の男子中学生に見えるシーンが圧倒的に多いです。

"趣向"と"心"は似て非なるもの。
好きなものが女性的だからと言って、心まで女性とは限りません。男性のまま女性的なものを愛する人も大勢います。

ですが彼らはまだ中学生。それを理解するには感覚と経験の積み重ねが足りません。幸はきっと、その狭間で戦い続けている最中なのでしょう。

さらに周りには年齢的に性のメンタリティを理解せずに悪気なく弄ってくる存在も多い年頃。今回登場した同級生も(意識的に悪者に描かれていたとは言え)、悪意的な行動を取っているように見えませんでした。逆に言えば、幸にとってあの手の存在と出くわすのは日常だということです。

彼はその事実に深く傷付いているし、きっとその度に自問自答して心を閉ざしてしまう。努めて強気に振る舞っているのもそれらに対する自衛の意味が強く、何か1つでも食い違えば彼の心はいとも簡単に崩れてしまうほど脆い状態にあると考えます。

そして同様の痛みを抱えている椋は、きっとその幸の心情を理解してあげられている。彼が今どういう状態で、何を求めているのかをよく分かっているのです。

そんな状態でも相手のことを気遣える幸は、どこからどう見てもカッコいい。それは男性とか女性とか定められた括りの中にあるものではなく、人間としての本質的なカッコよさです。

椋はそれを幸に分かってほしいのだと思います。
今の幸は何かを否定するために自分を演出して、何かを肯定するために自分の在り方を選んでいるように見えます。その感情の中身までを、このアニメ11話の段階で知ることはできません。

ただ1つ言えるのは、可愛く美しくありたい自分と、カッコよさを求めてしまう自分。どちらもいて、どちらも間違っているわけではないということ。人間であれば、その感情を両立させることはきっとできるということです。

幸は今、それらを1か0で判断しようとしている、そうしなければならないと思い込んでいるように感じます。でも実際はそれらを分けて考えて、それぞれを大事にした"自分"を作ることも可能です。手を差し伸べてくれる人がいれば、いつかそれに気付けるかもしれません。

その狭間で彼が苦しんでいるのなら、過渡期に立っているのなら、自分もまたその彼に寄り添える存在であろう。椋の言葉と表情からは、そう思っていることが伝わってきます。

王子様とお姫様はどちらかが一方的に寄り添い受け入れる関係ではなく、どちらもが支え合えるからこそ輝きを放っているわけですから。

その気持ちを知ってか知らずか、椋の胸に顔を埋めて寄りかかる幸。きっとこの時この場でしか出せない弱さを、幸は椋にさらけ出すことができたのだと思います。

「…ありがとう」
「うん。お芝居、頑張ろうね!」
「…当たり前」

対極的な存在だからこそ、同様の本質性を持つ悩みを抱える彼ら。互いが持つ要素が互いにとって羨望の対象で、だからこそ彼らは認め合って励まし合うことができるのだと思いました。

どちらが王子様でどちらがお姫様なのか。はたまたそのどちらでもあり、どちらでもない関係性もあるのかもしれません。

それはきっと、もっと先の未来に分かってくることなのでしょう。

天馬に立ちはだかる壁

時と場所は移り、話の主題は皇天馬へ。

「皆に話しておきたいことがある」

親の説得を終えた皇天馬は、ここに来てMANKAIカンパニーでの公演を選んだ理由を語り始めます。

彼は過去に学芸会という小さな舞台で大失敗をしてしまった経験から、演劇に深いトラウマを抱えるようになってしまっていたのです。あの強気な天馬が「恐い」と断言するほど、その傷は深く大きいものでした。

演技の才能があり、映画にドラマに活躍する銀幕の若きスター。そんな自分のイメージがあるからこそ、舞台の魔物に取り憑かれたダメージは人一倍のものであったに違いありません。成功の経験を積み重ねてきている者ほど、1回の失敗が忘れられない経験となって自身を苛みます。

高い実力を持ちながら、大手の劇団を選べなかった理由もそこにあるのでしょう。かと言って自分の目に適わない舞台に上がる気もない。そんなジレンマの中で見つけたのが、このMANKAIカンパニーだったということです。

きっとそういった背景と熱量があったから、彼の父親も舞台に上がることまで止めなかったのだと思います。彼のことをよく知っている者ほど「どこかでこの壁は乗り越えなければならない」と強く実感できるはずですから。

その覚悟を持って「皇天馬」として舞台に上がることを決めた天馬。このタイミングでそちらに切り替えたということは、彼は「自分のネームバリューに頼りたくなかった」のではなく、「舞台上の自分が世間に醜態を晒すことを恐れていた」ことが分かります。

ここまで分かり合ってきた仲間たちは彼のその決意を受け入れて、その助力を受けて天馬は公開ゲネプロの舞台に上がります。

しかし心を蝕んでいたトラウマはそう簡単に拭い去れるものではありません。むしろ「トラウマを抱えている」と意識してしまうことで、それはより根深い問題となって彼の身に襲い掛かりました。

学芸会とは異なり、全員がしっかりと芝居の練習を煮詰めてきた舞台。その積み重ねがあるからこそ、主人公で実力的にも周りを牽引するはずだった天馬の変貌は、全ての役者の気持ちと行動に悪影響を及ぼしてしまいました。

正に"最悪"。
意を決して行った夏組のゲネプロ公演は、最も望まない形で公の情報として世間に流布されることになってしまいました。

古傷を開いてそこに塩を塗りたくられたような状況で、翌日に待つのは全席した完売した本公演です。

一体彼らの舞台はどうなってしまうのか。その状況を打開するために立ち上がったのが、彼らを近くから最も客観的に、そして最も力を入れて応援していた監督、立花いづみなのでした。

"完璧"でない"最高"の舞台

「学芸会のあれが人生で最悪だと思ってたけど…まだあるとはな」

自分の弱さを隠すことなくそう自嘲し、やり場のない気持ちとダメージを吐露する天馬。ヤケクソで練習してはみるものの、本人もそれでどうにかなると思っているわけではないでしょう。

演技がしっかりできることと、それを本番で100%発揮できることは全く違った精神の話だからです。だからこそ、彼のような人間がそれを乗り越えるのは難しい。

「あんなのまだまだだよ!」

その天馬の言葉と気持ちを受けてなお、いづみは全く神妙になりません。それどころか彼女は笑顔で過去に自分が犯した"失態"を、武勇伝かのようにあっけらかんと語り始めたのです。

それは聞いているだけでも胃が痛くなるような内容ばかり。自分がその立場だったら…と言うのもそうですが、そいつと同じ舞台に立っている役者だったら…と考えるとそれだけで卒倒しそうな凄惨な失敗です。どれだけ周りから責められたか分かりません。

それでも彼女は舞台が好きで、舞台に上がり続けたいと考えていた。何故ならその失敗が縁となって、お客さんの笑いを得ることができていたから。

自己満足にも思えますが現実として舞台演劇は、ミスとそれに連なった演者のカバーやアドリブが最も印象的かつ魅力的に見えることは少なくないものです。

春組の咲也が役者を夢見たキッカケも、トラブルが引き起こした演者のアドリブでした。そして天馬が惹きつけられた春組の千秋楽も、至のケガが招いたトラブルと咲也のアドリブがあって、その輝きを体現しています。

そう、彼らがこの場に集い共に舞台を創れているルーツの根底には、舞台ならではの失敗とそれを乗り越えた先の輝きが存在しているのです。

いづみの失敗談は、正直自分からネタにして良いレベルを遥かに逸脱しているものです。それでも今の天馬にとっては、この話をこのテンションで話してもらえることが重要でした。

「"完璧"じゃなくても、"最高"の舞台…」

完璧を目指す天馬にとっては、ミスとはただただ忌み嫌うものなのかもしれません。けれど固まった価値観を取り払ってみれば、その外側には彼の見たことがない成功が待っています。そしてその素晴らしさを感じることが、天馬には既にできてもいます。

「お客さんもそれを観に来てる。一度きりの舞台を…最高の芝居を――時間を」

だから完璧なものだけを見せる必要なんてない。いづみはそう続けます。

役者にとっては心残りがある舞台でも、それが人生で最も響いた舞台になる人もいるかもしれない。それに人生を変えられる人もいるかもしれない。その場でしか進行しないその場だけの催しだからこそ、その場の誰かのためだけの特別を生み出せる。それが演劇という文化です。

「舞台の上に立つ限り、何度でも最高の舞台を創れる」

それを信じて一回一回に全力をぶつけること。

失敗や成功なんて単純な尺度ではない、"最高"の結果を届けることだけを考える。

それが小さな劇場の狭い板の上で演じる意味。そしてそれを観に来る意味に違いありません。

今この瞬間だからこそ

「…監督の言葉は、やっぱすげぇなぁ」

成功だけを積み重ねてきた少年と、失敗しかして来なかった女性。きっと同じ時期同じ場所で演劇に勤しんでいたら、決して分かり合えなかったであろう2人です。

立場と経験と年齢と。あらゆるものが噛み合って、今この形で出会えたからこそいづみの言葉は天馬に届く。それもまたその場でしか起こせない奇跡で、当事者の間でしか成立し得ない"特別"で"最高"なやり取りでしょう。

「学芸会のことを話した時、監督もあいつらも…誰も笑わなかった」

それはきっと夏組のメンバー全てに言えることで。若い彼らはそれぞれの意識と自我を持っていて、微妙に噛み合わない意見と考え方を持っています。少しでも何かがズレていたら、ただぶつかり合って喧嘩別れになっていたかもしれない。そんな危うさを孕んでいます。

少しでも話すタイミングがズレていたら、何か違う行動を取っていたら、この結果は生まれなかった可能性もありました。

「初めてだったんだ。俺の弱さをあんな風に受け入れてくれたのは」

全てが今だったから、この瞬間だったから。彼らは最高の仲間としてこの場で舞台に立つことができています。

「こそこそ何してんの?」

そんな話を物寂し気にする天馬の元へ、全く異なった表情と態度のメンバーが現れました。

「天馬くんと監督さんがそんなことに…!」
「てんてん抜け駆けずりぃ~!」
「俺も混ざるー!」

ゲネプロの失敗でさえまるで気にしていないかのようなその振る舞いに、天馬がどれだけ救われたことでしょう。

そして彼らは「天馬はきっと気にしているだろう。だから1人で練習しているだろう」と察してあの場に全員で足を運んだはずです。

「ほら、やるよ」
「練習練習~」

その気持ちを、あの場所で天馬もまた受け取りました。言葉はなくとも、伝わる感情の機微がある。態度や表情から伝わってくるものがある。それもまた演劇人として切磋琢磨する彼らだからできる交流ではないかと、僕は思います。

「で、どこやるの?」
「…全部だ。今日中に仕上げるぞ」

残すはあと1日。
稽古はバッチリ済んでいます。あとは皆で乗り越えて、皆で一丸となって締めくくるだけ。

夏組の旗上げ公演「Water me!~我らが水を求めて~」

"最高"の本番が見られることに期待しています。

おわりに

11話はまた密度の濃い物語が展開され、様々な人間関係の錯綜が見られました。

しかしそのどれもがネガティブな方向を向かず、全てが上手く作用しあってグッドエンディングへと向かっている。そんなこの作品らしい"光"が見える内容でした。

今回は三好と三角については内容的にあまり触れることができませんでしたが、もちろんしっかりとチェックしています。特に三角については、ラストで何かしらの発展があることに期待しています。

1クール目は残り1話のようです。
春組と夏組、独立しているようで繋がった1つの物語の結末。まずはそれをしっかりと楽しもうと思います。

この記事にももう少しお付き合い頂けましたら幸いです。ではまた次回。ありがとうございました。

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