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キンプリオタクの『A3!』ミリしら感想 第3話 意識と立場の違い それぞれが乗り越えるべき壁

投稿日:2020年2月3日 更新日:

『A3!』も3話ですね。
演劇と真摯に向き合う質感が心地良い本作。だんだんとその魅力も分かってきたと思います。

アニメの3話と言うと、1つ大きな方向性が提示されることが多い話数。この『A3!』でも物語に引き込まれる要素が多い話だったと思います。

しっかり語らせて頂きます。よろしければお付き合い下さいませ。

才能による感覚の違い

舞台とは意識の違い、やりたいことの違い、レベルの違いによって様々な軋轢やすれ違いが生まれてしまうジャンル。

特に仕事(生活できるレベルの金銭が得られる活動)として舞台に臨んでいない場合はそれはより分かりやすくトラブルとなって現れます。演劇を綿密に扱った『A3!』においても、まずその部分が色濃く描かれました。

意識は高いが技術が伴わない咲也と綴に対し、そこそこのモチベでそつ無くこなすことができる真澄のぶつかり合いは、現実でもオーソドックスに存在するいざこざだと思います。

演劇(演技)はスポーツと同じく、運動能力やセンスによって初心者の出来不出来がかなり左右されます。文化系の活動であると思われがちですが、活動自体は体育会系な要素が多いと言えるでしょう。

しかしスポーツと違って、パッと見の成果や数字で能力に優劣をつける方法がありません。故に真澄のような最初から演技を小器用にこなせてしまう人間にとって、できない人間の気持ちを感じ取ることは非常に難しいと言えます。

例えば、役者と脚本家を兼ねる人間に対して「お前が書いたんだから分かってるだろ?」と普通に言えてしまうところ。これは「分かってるんだからできるだろ?」を意味します。

一見すると筋の通った理屈に感じるのですが、実際はスポーツで「教科書に書いてある正しいフォームを覚えたら、練習しなくてもできるのか」に等しいものです。

練習しなくてもできる人ももちろんいます。しかしできない人の方が多いのが現実です。芝居は頭を使って表現するので「考えられればできる」と思われがちですし、現に思考が洗練されることで急に上達することも少なくありません。

ですがその表現方法を理解して実行できるまで練習しなければ、上質なアウトプットをすることは難しい。だからこそ「上手くなるために稽古する」必要があるのです。

この3話では、綴の「表現できてないだけで分かってないわけじゃねぇ」というのがそれを最も分かりやすく表現している台詞でしょう。個人的な話をすると、僕も文章書きでありながら今でも年に数度は演技をしたり人前に立つことがあるので、この点は物凄く実感があります。

この価値観の違いは、クリエイターとエンターテイナーを両方とも真剣に経験しないと分からないことで、その違いが伝わらないもどかしさに悩むこともしばしば。彼らのやり取りは昔の自分を見ているようで共感点も多く、逆に気恥ずかしくも感じます。

それでも1つのものを創り上げるという点においては、ギリギリで踏み止まって想いを同じくすることができる。ぶつかり合うことで成長する価値観もある。その積み重ねが良い芝居と役者を生み出すものです。

それをこうして1つの物語として提示されると、芝居人というのは、皆一度は同じような壁にぶち当たっているんだろうなとも感じさせてもらえますね。

それぞれの"壁"を提示された春組

中盤ではOBの鹿島雄三を招いての熱血的指導が行われました。彼の話したことが今回の肝であり、今後の春組が乗り越えて行かなければ課題がストレートに提示された大事なエピソードとなりました。

ここまでの展開を踏まえて、春組のメンバーについて1人ずつ書いて行きましょう。

佐久間咲也

相変わらずドン臭い今回の主役。
そもそも技術も台詞読みのセンスもなく、基礎も備わっていないので上手くできるわけがありません。その真っ新な状態で台本を渡されれば、何から手を付けて良いのか分からなくなって当たり前です。彼が悪いわけではありません。

結果として台詞はまともに読めない、読めても棒読み、動きはギクシャクしていて立ち位置は間違えると「全てをこなそうとして全てができない」その典型にハマってしまっていると言えるでしょう。

それで主役を任されてしまっていますから、圧し掛かるプレッシャーがさらに彼を追い詰めて行くことは必至。舞台が何たるかを理解する前に舞台上でキラキラと振る舞うことを余儀なくされている。残酷ですが、今はまだ鹿島を通じて「問題外」と評されたのも仕方ない演者です。

しかし鹿島からは「その気になれば幾らでも伸びる」とも評され、"光るもの"の存在を認められてはいるようです。今はそれが明確に何を指すかにはもやがかかっていますが、今後のストーリーでそれは明らかになっていくはず。楽しみに待とうと思います。

まず何を覚えるべきなのか。どんな練習からやるべきなのか。始め方を正確に教え導いてくれる人がいないと、彼のような人材が花開くことはない。主役という立場上、中途半端なまま舞台に上げられればそれがトラウマとなって二度と演劇ができなくなってもおかしくありません。

最後にいづみが鹿島に叱咤激励されたことは、彼のような"才能ある素人"が劇団にいたことがかなり大きいはず。「ロミオとジュリアス」を通した彼の成長物語を、是非楽しませてもらいたいところです。

碓氷真澄

あまり演劇に興味が無さそうなものの、想像以上に高いポテンシャルを持つ真澄くん。

台詞読みが最初からそれなりに上手いこと、台本の暗記が恐ろしく速いなど、未経験で会得しているとしたらかなりのキレ者でしょう。好きな芝居くらいはあると言っていましたし、本当は演劇に携わっていた過去がある…などの背景があるのでしょうか。

また他人の台詞までしっかり覚えられる=全体の流れを把握することまでしっかりと意識が行き届いていて、(口は悪いものの)役者としては他のメンバーよりも1ランク上のレベルで芝居を捉えているのは間違いない様子。

演技をするために必要なのは台詞の暗記ですが、より良い芝居をするために重要になるのは前後の台詞による自キャラの感情の動き。もっと言えば全ての台詞と状況から見える"台詞のないところの感情"です。それを押さえようとしていれば、自ずと全ての台詞が頭に入る…というわけですね。

それだけの個人能力を持っているからこそ、課題となるのは周りとのアンサンブルの築き方。個人力の高さは「演目」という中では時として仇になります。「同じように、下手になれってこと?」という台詞は正論ですが、合わせる気がないのは問題です。

鹿島からは「いづみを意識しすぎ」という指摘がありました。これは転じて「特定の誰かに評価されるために芝居している」ということです。

誰かに気に入られるための芝居というのは、自分で自分を型にハメた役者にしてしまうことと同義。評価されるために「これくらいやっておけば良い」という思いは芝居に乗り、観る側からは手を抜いているように映ることも。

それは多くのファンを獲得している役者であれば一概に悪いこととは言えませんが、今回の真澄の場合は特定の個人に向けられたものですからポジティブな意義は薄いです。

結果的に真澄の芝居は"監督を納得させるためのもの"と鹿島には見えたのでしょう(実際はいづみに個人的な好意を寄せているので色々と異なっている)そしてそういった小奇麗にまとまった芝居は経験者や同僚からは技術的評価を受けますが、無関係な観客を感動させる力を持つことはありません。

それを持って鹿島の「テメェの演技はつまんねぇんだよ」という言葉が刺さります。これを彼が本心から理解して乗り越えるのには、今の自身にはない衝撃的な経験と時間が必要でしょう。

中途半端にポテンシャルが高い者ほど陥りやすいジレンマもあります。そういう役者は、僕の周りにも何人もいたと思います。真澄くんには是非それを抜け出してほしいと思いますね。

皆木綴

脚本家と役者を兼ねる非常に難しい立場の綴。前述した通り、役者のみに従事するメンバーには決して伝わらない価値観を備えています。

元々脚本家志望で宿付きの劇団を探していたこともあり、芝居に傾ける情熱は高くやりたいことも明確。それ故に自分の役者としての能力不足に悩まされる瞬間が多いと思います。同様の経験がある僕自身、「表現できてないだけで分かってないわけではない」という台詞は身に積まされるものがあります。

彼に与えられた最初の課題は、脚本家としての自分と役者としての自分を切り離すことでしょう。

作家だからこそ、自分の本やキャラクターには強い思い入れを抱くもの。頭の中では、誰よりもその本とキャラのことを理解している自負があるに違いありません。

しかし役者という生き物は本からそこまで細かいことを読み取ることはできないのが普通。読解力はあるに越したことはありません。しかし、"全てを読み取る"のが役者の仕事ではありません。読み取ったものの中から「自身がどう演じるか」を考えるのが役者です。

全てを知る者である作家が舞台に立つ場合、その持っている知識量の差が演技に乗ってしまい、結果的に芝居が他のメンバーと噛み合わなくなるというのはよくあることです。そういう時に「俺はそこまで創り込んだのだから、読み取っていない連中が悪い」と思いたくなることもしばしば。

ですが舞台演劇とは皆で創り上げる文化。
本のイメージと実際の芝居は切り離して考えるべきです。

演出と役者が変われば、同じ本でも全く違う芝居が出来上がるのが舞台の醍醐味です。例えば今回の場合、春組のメンバーが創り上げる「ロミオとジュリアス」の中で、綴がやるべき芝居を追求していく必要があるでしょう。それは本書きの彼がするものとは全く別の追求です。

鹿島に「脚本への思い入れが強いのか?」と見抜かれていたり、「独り善がり」だと評されたのはそのスイッチの切り替えができていない証。それを習得しないと、良い役者として観客に認められることはないのです。

彼には脚本家のみに集中するという選択もありますし、場合によっては役者に集中しても良いはずです。『A3!』という物語のキャラクターとして、彼がその違いとどう葛藤して行くのかを見守らせてもらいます。

シトロン

まともに台詞を言うだけでも一苦労な立場で舞台に立とうとする留学生。

3話は全体的にギスギスした空気が濃かった(エアーが薄かった)ため、空気緩和の役割を果たせる彼の存在の重要性がより伝わりやすいエピソードだったと思います。

「日本人ではない(言葉がおぼつかない)」という大きな立場の差のおかげで、シトロンはできていないことが当たり前であり、周りから責められ辛いことが1つの拠り所になっている節があります。

鹿島にはその意識を"甘え"だと断じられたように思います。これはシトロン個人ではなく、そうやって「仕方ない」で済ませている全体への叱咤でしょう。

日本語が喋れなくても台詞を言うことはできる。理解できずとも音で覚えて繰り返し聞いて口を動かせば、通り一遍の台詞として成立させることは可能です。特に今回の彼は5つの台詞しか与えられていないわけですから、「しっかり喋る」こと自体は努力で何とかできるレベルです。

日本人であっても台詞を滑らかに言うための発声・滑舌練習は必須事項。それが満足にできなければ「頑張って喋っている」と思われて、観客を物語から現実に引き戻してしまいます。

台詞を正確に伝えることは人種とか立ち位置とか関係なく、全ての役者が乗り越えて行かなければならない課題。その立場に甘えるなら板の上に立つ資格はない。厳しいようですが正論ではあるし、誰かに言われなければシトロンはいつまで経ってもお荷物だったかもしれません。

彼がそこから一皮むければ「日本人ではないからこそ出せる味を持つ役者」になれるし、それが彼の唯一性となりMANKAIカンパニー復興への大きな武器にとなる可能性もあります。

他人より高いハードルに挑まなければならない彼ですが、持ち前の優しさを活かして是非素晴らしい役者に成長してほしいですね。

茅ヶ崎至

今回の問題児枠。
対人ゲームでキレ散らかし、ソシャゲのスタミナを使い切ることに熱意を燃やす今時の大人。親近感しかない。

今回で鹿島に「やる気がないなら降りろ」と一蹴されてしまい、やる気を持って舞台に立っているわけではないことが見抜かれてしまいます。

元々住まいを探している中で無償の宿に魅力を感じての所属ですし、社会人で自由な時間も限られる彼が"ほどほど"の力でしか稽古に臨めないのは無理もありません。それを強く咎められた心境や如何に…というところでしょうか。

舞台人として稽古に臨む以上は本気で…というのが原則ですが、彼の境遇や環境、年齢を考えると周りも強く物が言えない空気もあるはずです。それを分かって利用しているとしたら、サボり方を身に付けている大人ですね。ゲーマーあるあるではありますが。

ここまで至の演技している姿は全く描写されておらず、ゲーマーで社会人以外の要素はよく分かっていない状態。新規視聴者的にも、どんな芝居をするどんなキャラクターなのかがまだまだベールに包まれている存在でもあります。

最終盤では劇団を辞めることをいづみに電話で報告しているのも、そこまでしてやりたくないと嫌気が差してしまったと取ることもできます。ですが、鹿島にドヤされたことその物が辞めようと思うキッカケであったならば、4人揃って板の上で眠ることに付き合うこともなかったはず。

彼なりに思うところがあっての決断でしょうし、今のところ想像しているような単純な理由(単にやる気がないなど)で動いているとは思えません。

その辺りが4話以降の展開に関係してくると思っています。味わい深いキャラになりそうな予感。

他のキャラ達と違い職業を持つ者として、この作品ならではの魅力を見せてくれるのではないでしょうか。記事の中で彼のことが語れる日を楽しみにしています。

おわりに

3話はこの作品の方向性をしっかり提示してくれた回で、個人的にはグッと引き込まれました。

春組は新規立ち上げの舞台演劇ものとして、割と"あるある"と言えるような、オーソドックスで分かりやすい関係性を描いているように思います。男女問わず、小さな劇団でも舞台に真剣に取り組んだことがある方には、共感できる部分が多々あるのではないでしょうか。

先輩である鹿島にドヤされて思い思いの感情を宿しながらも、しっかり咀嚼して自分達を高めようと努力する新生春組。舞台の上で一緒に眠るという全く根本的な解決にはならない行動を取りながらも、何もせずにはいられない気持ちを分かち合うことはできている。その時間が絆を育みました。

ああやってぶつかり合って駄目になってしまう関係が数多ある中で、それを清算して乗り越えてより強い結び付きを得られるチーム。絵空事ではなく、現実に存在する中で誰もが思い描く理想の劇団の姿。

『A3!』はそれを今後も見せてくれるのではないかと期待しています。

舞台の上で「共通の乗り越えなければ壁」を共有したことで、より前向きに稽古に臨めるようになったことでしょう。

今後の物語に期待を込めて、今回は締めさせて頂きます。また次回の記事で。お読み頂きありがとうございました。

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