『シン・ゴジラ』を観て感じた「日本のあるべき姿」

      2016/09/04

『シン・ゴジラ』を観てきました。

皆さん先週公開された『シン・ゴジラ』は観ましたか?

そうですか、観てないですか。観てください。

ハリウッド版から2年。日本では12年ぶりとなる新しいゴジラ。
『エヴァンゲリオンシリーズ』でおなじみの庵野秀明氏が総監督を務めていることも話題です。

正直、公開前はそこまで期待していない人も多かったのではないでしょうか。
事前情報も少なく「ちゃんと完成していないのでは?」という無根拠な噂が流布されたりもしました。

しかし公開してみればその状況は一転。
初日から絶賛の嵐がネット上に吹き荒れることとなりました。

「庵野が凄いことをやった!」
「庵野はもうエヴァじゃなくてゴジラを撮れ!」
「庵野ー!ウオー!!庵野ー!!」

時代を席巻する叫び声たち。
往年の特撮・ゴジラファンから庵野ファン、フラッと観に行った映画ファン。
全てを巻き込んで大きなうねりを作っています。

週末興行収入も堂々の1位を獲得。
2年前のハリウッド版の初動を超えており、今の下馬評に基づけばこのままグングンと伸びていくと予想されていますね。

今最も世間を賑わせているエンターテインメント作品。それが『シン・ゴジラ』。
僕も「これはネタバレを喰らう前に観に行かねば」と思い立ち、即映画館へ。

「控えめに言って最高」でしたが、語りたいことが沢山あるので今回は感想を書いて行こうと思います!

ここからは「ネタバレあり」です!
未見の方は自己責任による閲覧をお願い致します!

これぞ日本が世界に誇る『ゴジラ』!そして映画!

まず最初に、僕は言うほどゴジラに詳しくありません。
子供の頃『ゴジラVS○○』やミレニアム版は観てますし、平成版モスラとかも観ているので、一応関連作品は10本以上は観たことがあると思います。でも所詮子供の頃の記憶です。

なので「子供の頃にゴジラをよく観ていた人」くらいの認識でお願いします。

でも!そんな僕でも思いました!
この『シン・ゴジラ』は今の日本だから撮れる日本人による映画!

ゴジラの域に留まらず、世界に誇る日本の映画が完成された!
それを庵野秀明がやってのけたのだと!

「ゴジラ」と言えば日本を代表する大怪獣であり、言わずと知れた存在。
日本人なら知らない人はいないというレベルだと思います。

僕の記憶では、やはりゴジラ映画は怪獣VS怪獣によるスペクタクル活劇のイメージが強いです。
しかしこの映画はそのイメージとは大きく離れています。

この映画は「ゴジラ」という未曾有の「災害」と日本という国が戦っていく映画です。
怪獣映画でもありながら、この「災害を切り抜ける日本の姿」をありありと描いた作品です。

今までのゴジラにおいても、人間対ゴジラの構造は少なからずあったように思います。
でもそれは、怪獣達の強さを際立たせる一要素としての扱いであったり、まともに戦う場合もメカゴジラのような現実離れした決戦兵器を用いて応戦することがほとんどでした。

『シン・ゴジラ』はそういった虚構的な側面を「ゴジラ」以外極力排除し、「人間」「日本」そして「世界」を極力現実的に、ありのままの姿で描くことに重きを置いています。

「今の日本にゴジラが上陸したら果たしてどうなってしまうのか」

この方針を根幹に置き、あたかもドキュメンタリーであるかの如く錯覚してしまう「現実」。
それを見事に描き切っている。

元々原点におけるゴジラは、災害に近い存在として象徴的に描かれていた模様。
そのゴジラが持つ元来の意味と、大のゴジラ好きである庵野秀明が真摯に向き合った結果、出来上がったのがこの『シン・ゴジラ』だと言えるでしょう。

今までシリーズが刷新される度、ゴジラという存在を原点に戻す画策はされてきたようですが、その度に「興行成績」という大きな壁に阻まれ、怪獣VS怪獣の構造を取ることを余儀なくされてきた前例もあるようです。

もし『シン・ゴジラ』がこのスタイルで興行収入を伸ばし続けることができたなら、それはシリーズファンが50年以上持ち続けている悲願の達成となるのかもしれません。

今後のゴジラの歴史を変えるかもしれないこの『シン・ゴジラ』。
一体どの辺りが「日本が世界に誇るゴジラ」なのか。これより下で書いて行きます。

日本人にしか共感できない「日本の欠点」

『シン・ゴジラ』の序盤は東京湾に謎の「未確認巨大生物」が出現。
それに上陸を許し、街を破壊されるところから物語はスタートします。

この過程で、とにかく現代の日本の欠陥とも呼ぶべき構造が見事に露呈しています。

イレギュラーな事態に即時対応が難しい様々な憲法や法律。
重要な判断には常に会議や専門家の見解が必要となる鈍足さ。
平和ボケしていながらも危険回避には敏感な日本人の国民性。

挙げればキリがない項目。そのどれもが歯がゆく、時として焦燥感を駆り立てるものばかり。

研究者から捕獲を求める声が上がったりして「殺すか捕獲か」の選択肢でまず悩む。
「そんなこと言ってる場合かバカ!」って誰もが思ったことでしょう。

幼体のうちからゴジラに余念ない攻撃を決められていれば、被害は最小限で済んだだろうに。
会議をしている間に状況はどんどん悪化して行って、決まったことを発表している頃には「今更そんなこと言ってもおせーよ!現場を見ろ現場を!」と叫び声を上げたくなったり。

でも実際は「あぁ、きっと本当にこんな風になるだろう」と考えてしまう。
誰だってアレが100mを超える巨大生物になって、ミサイルが効かなくなって、挙句の果てに口から背中から尻尾から光線を出すなんて「常識的に考えて」思わないだろうから、常識に則って最も良い選択をしようと思うでしょう。

現実、もはや常識外の出来事が起きているとしても何故かその「常識的思考」を捨てられない。
型にはめないと行動できない日本人の弱さを肌で感じてしまいます。

しかし、我々はどこかそういうポイントに、同じ日本人として親近感を覚えてしまう。
どこかその苛立ちに心地良さすら覚えているんじゃないでしょうか?

映画という虚構を通じて「あーあ、馬鹿だなぁ」と他人事のように政府官僚をdisっていく。
それすら日常的に行われている日本の風景に限りなく近いものです。作中でもきっとあったと思います。

ある意味鑑賞中の僕らは「被災地外に住む日本人」とリンクしていると言えるかもしれません。
ニュースを見て「東京大変そうだな。これからどうなるんだろうな」と漠然と不安がる。
僕らはそんな役割を与えられているのかもしれません。

奇しくも、そういった人々は劇中で全くと言っていいほど描かれていません。
これに意図があるとすれば、こういう意味合いがあっても面白い(憶測ですが)

そしてきっと実害を被っていない人々はあくまで普段通りの生活を送っていたことでしょう。

映像を見て「なんだこいつすげぇ!生で見てぇ!」と沢山の人が叫んでいたかも。
日本はそういう国ですからね。

日本人にしか共感できない「日本の心」

でも、悪いことばかりではありません。
序盤こそ日本人らしい不穏な動きを見せますが、それは組織のしがらみに囚われてしまってのこと。
内容自体は皆が皆現状をより良くするために、ベストな判断を心掛けている。

そう、とにかくこの作品には無能な人間が登場しないんですよね。
有能な人間の邪魔をする人がいないって言い方の方がしっくり来るでしょうか。
日本らしい苛立ちはありますが、終始すっきり気持ちよく見れるように調整されているように感じます。

一人一人が物事を円滑に進めるために最大限の努力をしている。そう、日本という組織の立ち行かなさが最悪の状況を招きますが、それを打開するのもまた「日本の組織力」でした。

いざとなれば「一致団結」し、どこよりも統率の取れた行動で日本を支えられるんです。

犠牲はゼロではなかった。街は破壊され、軍隊も大きな被害を受けた。
でも市井の人々に壊滅的な死者が出なかったのは、日本の徹底された仕組みのおかげだったと思います。

もしゴジラ初上陸時に容赦ない攻撃をしかけていたら?
結果論では、街の損害は小さく済んだでしょうが、その結果より多くの人々が亡くなったでしょう。
日本だからこそ、最も人命を多く守れる選択ができたのかもしれません。

たった数人の逃げ遅れがいただけで自衛隊の攻撃を中止を余儀なくされるシーンがありました。
過激な言い方にはなりますが、あのシーンは恐らく意図的に「いなくなっても問題なさそうな人」を映したと思います。

「自衛隊の攻撃が国民に向けられることがあってはならない」
そう言い切った総理の判断をどう思ったでしょう?

「何を馬鹿な。ここで攻撃を中断するなんて」と否定的に取った人もいて、「日本の在り方、自衛隊の存在意義を象徴する判断だった」と好意的に取った人もいたと思います。

この期に及んでなお非情になりきれない融通の利かなさ、だがそこから確かに滲み出る大和魂。
とても良いシーンだったなぁと思っています。

より多くの物的犠牲を払い、人的犠牲を最小限に。
不測の事態に際しても、常に人道的な判断を選び続けることができる。

これは紛れもなく日本の強さでした。

そして上述した日本の強さも弱さも全てひっくるめて、本当の意味で当事者として実感を持ってこの作品を観ることができるのは、我々日本人だけなのです。

世界から見れば、この作品の中の日本はとても滑稽に映り、馬鹿にされるかもしれません。
それに対して「馬鹿で何が悪いこれが日本だ!!」そう言い切れるの僕達だけ。

どれだけ外にこの作品が羽ばたいたとしても、『シン・ゴジラ』の全てを誇らしく思えるのは日本だけ。
我々がこの映画で受けているセンセーションは、想像しているよりもずっと最高の体験なんでしょう。

日本人にしか共感できない「日本の立場」

『シン・ゴジラ』は日本の現実的な姿を描く過程で、政治的メッセージ性の強い会話も盛り込まれています。
政治思想は多くの偏見を生み出す要素なだけに、ネットでも物議を醸しているところだと思いますが、僕はこの作品はどちらにも偏ることがない極めて純粋な問題提起をしているように感じました。

個人的にとても印象に残っているのが「アメリカ」という国の扱い。
昨今何かと世間を賑わせている日米安保条約も話の中には登場しました。

日本の自衛隊では全く歯が立たない「ゴジラ」という脅威。
より強大な軍事力を持つアメリカであればゴジラに対抗することができるかも。

その折、迅速に軍事支援を受けられたのも安保条約のおかげ。
アメリカの攻撃は確実にゴジラにダメージを与えることに成功し、攻略の活路を見出しました。

混乱に乗じてその他隣国が侵攻し、領有権を主張し始めることも現実にはきっとあるでしょう。安保はそういった事態への抑止力ともなり得る。安保の価値をフル活用しゴジラ(災害)と戦えます。

これだけ見ると「安保条約は有事のためにあって然るべき」というメッセージだと感じるでしょう。

しかし、後半になると更に状況は一転。
ゴジラの桁外れの放射熱線により甚大な被害を受けた東京、そして米国軍。
そのあまりの恐ろしさに核兵器の使用が即座に決定されてしまいます。

東京に核兵器が落ちるということがどういうことなのか。分からない人はいません。
日本にとっても世界にとっても重大な選択。それをアメリカはいとも簡単に断行できます。

安保の存在はアメリカの行う効率的で非人道的な判断すら、時として肯定せざるを得ない状況を生み出してしまう。日本がどんなに人道的な判断を積み重ねてきても、強大な力(アメリカ)の前には無力なんだと。そんなメッセージだと感じました。

「アメリカはここがニューヨークであっても同じ判断(原爆を落とす)をしたそうだ」

という意味合いの台詞があります。これは本当に恐ろしい台詞でした。

日本を納得させる詭弁として高圧的にこのメッセージを送ってきたのかもしれません。そう思う人が多かったのではないかと思います。しかし、実際アメリカは本当にニューヨークに原爆を落とせるかもしれません。落としてもおかしくないとも考えられます。

「アメリカはその気になれば日本くらい簡単に犠牲にする」
「アメリカはその気になれば自国にだって原爆を落とせる」

どちらにせよ地獄です。
寧ろ選択肢が増えることでアメリカという国の(この映画においては)脅威的な暴力性がより際立つ。

事実、作中で最後日本を追い詰めたのはゴジラではなかった。
それはアメリカを初めとする諸外国。原爆使用を推進した人々でした。

『シン・ゴジラ』は安保によってアメリカを絶対的な味方として利用できるメリット。
そしてアメリカという強大な国の傘下に事実上下るデメリット。
双方を提示し、より大きな問題としてまとめているように感じました。

政治的対立を煽るというよりも、その対立構造を否定しているかのような作品であると僕は思いました。

「最終的に何とかするのは自分達日本人しかいないんだ。内輪揉めしている場合か」

これは流石に好意的に捉えすぎかもしれません。
でもそんな思いも、あったのかもしれません。そう思うのもまた一興です。

まとめ ~これぞ大和魂!~

ここまで『シン・ゴジラ』が描き出している日本のあり方について書きました。

「これが日本だ!」
「俺達はやればできるんだ!」

そう言わんばかりの内容で、感想もやはりこの「日本の強さ」を褒め称えるものが多いと感じます。

現実的で、また途轍もなく賛美的な作品です。
ただ、もしこの作品を「虚構」とするのであれば、それもまた「この日本の姿」かもしれません。

『シン・ゴジラ』で体現されている日本は、国民が思う「最も理想的な日本」に近いものだと思います。

でも実際はここまで格好良くないし、足を引っ張る人達もいてこんなに綺麗に物事は運ばない。
本当に同じ「ゴジラ」が襲来したら、今の「現実の日本」では間違いなく原爆が落ちるでしょう。

そうあってはならないし、そうさせたくもない。でもそうなる気がする。
それが嫌だし、もっと日本は良い国になってほしい。

そういう思いがこの作品に登場する「日本」に我々が熱狂してしまう理由なんでしょう。

現実離れしていない理想だからこそ、この作品を通して夢を見ることができる。熱狂できる。

明日から「この日本を目指して頑張ろう」と思えてくる。
そんな心の奥底にある情熱を刺激されて、何となく元気が出てくる。

誰もが今の日本のことをこんな国だとは思っていません。
でもそうなれたらいいなと思わせてくれる。

そんな「リアリティのある理想」が描かれていた作品でした。

日本人なら見ておかなきゃ損!感じろクリエイターの大和魂!!

まだ観に行っていない人は是非劇場へ!(この記事を読んで観ていないなんてことがあるのか!?)
一度観た人はもう一回行こう!僕も行きます!

まだまだこれから熱くなって行く作品『シン・ゴジラ』を見逃すな!

今回はここまで!

堅苦しい内容ばかりになってしまったけど、なんかもっと「ゴジラすげー!わー!うおー!」「あああああ!東京!!放射あああああ!!」ってオタクっぽい記事も書きたいから後日書きます。

書きました!読んでください!

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