ゲーム/アニメ/映画 ニュース考察

オタクのマウンティング問題は嬉しい悲鳴?「される側」にもある問題点とは?

更新日:

にわかに話題のこのツイートからオタクのマウンティング問題を取り上げます。

オタクやマニアというものは勉強やスポーツのような定まった指標がありません。何を持って偉い、凄いとするかという価値基準は人によってかなり異なります。

結果として「○○する奴が偉いってことかよ?」というすれ違いは常に起こり続けるものと認識しなければなりません。自分の得意なジャンルで人より優位に立ちたいというのは当然の欲求ですので、何かをもって優位性を主張したがる人が沢山いるのは仕方ありません。自分自身そうではないと言えないですしね。

それでも、極力そういういざこざは少ない方がありがたいというのが正直なところです。
皆仲良くできればそれが一番です(理想論)

そのためには、このマウンティングというものの本質を紐解く必要があると思い、今回キーボードを叩いております。過激な言葉もあるかもしれませんが、最後には理解できるような内容になるように努めて書き進めて行きます。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

1.オタク文化が人権を得たことによる嬉しい悲鳴の1つ

まず引用した上記のツイートの中に書かれている、流れについてです。好きを語っているはずが、知識のぶつけ合いになり、今ではお金のぶつけ合いになっているというお話。

これは、オタク文化を楽しむ人口が増加したことと、コンテンツを楽しむ幅が拡がったことにより齎された、回避しようがない状況であると考えています。

前述した通り、こういったジャンルには優劣をつける明確な指標がありません。そもそも優劣をつけるべきではないですが、それを完全に無くすことはどうしても無理なので、今回は目を瞑ることにしてください。

好きという感情がどれだけ大きいかを語り、見せ合い、認め合う。
媒体や方法は問わず、愛の大きさを表現することが大事。
そこに貴賎はないというのが理想的な形です。

ですが、これは、限られた人間によって作られる狭いコミュニティでこそ実現するものです。

ファン全体が一丸となってほんわかした空気を生み出している作品もあると思います。しかしながら、そういう作品は規模で言うと準メジャー級くらいのものが多いのかなという印象です。

昔は、オタクという人々がマイノリティで、閉じた世界の住人でした。今はアニメオタクを中心に開けた土壌に変わって行った結果、アンダーグラウンド感はあるとは言え、巨大なコミュニティを形成するレベルに至っています。

人が増えるとどうしても価値観のすれ違いからいざこざが生まれやすくなってしまいます。なので、その時々でいさかいを収める価値基準というのがどうしても求められてしまいます。

最初はそれが「知識」でした。
どれだけ沢山調べ、勉強し、その作品のために「時間を割いているか」というのが大きなポイントとなり、より「優れたオタク」は知識を持っているものというのが、致し方ない指標となりました。

最近はそれが「お金」に変わっています。
これは種類が増え続けるグッズをコンプリートしたり、同じCDを何枚も買ったり、ソシャゲに課金したりと、お金を無限に使える先が充実したことが大きな要因かと思っています。

知識を蓄えるよりお金を使う方が楽(お金を稼ぐのは大変ですが)ですから、空いた時間で大量に金を注ぎ込んで最強になれる人がドヤり始めるのは当然と言えるのです。

しかしそれは、人が増え、コンテンツが充実し、やれることが増えた証でもあります。

何故なら、今のこの資本主義社会においては、最終的に全ての価値観の違いを収めるツールとして「お金」という概念が存在しているからです。つまり、お金で解決しなければならない状態になったということが、その文化が社会的な規模を持つようになったということの裏返しでもあると思うのです。

それだけオタク文化が潤い、世間に認められつつある文化になったということでもある。悲しい状態ではありますが、嬉しい話の延長にあるのがこのマウンティング問題なのだと思います。

2.頑張ったアピールはマウンティングではない

ここからが本題です。

マウンティングという言葉はそもそも、自分が上に立っていると主張する行為を揶揄して使われる言葉です。
まずはじめに「俺はこんなに課金したからお前らより偉いんだぜ!」とストレートに煽りに言ってしまう人は、そもそもコミュニケーション能力に問題を抱えていらっしゃる方だと思うので、一旦割愛させて頂きます。こういう人が減ると良いですね。

今回問題にするのは例えば、

「10万課金してこいつを最強にした!めっちゃ愛を注いでる!」

という自己完結した発言をマウンティングと捉えてしまう方々の存在についてです。これは頑張ったアピールではありますが、マウントを取ろうとしているわけではないのではないでしょうか?(ないのではないでしょうか?)

その人が滅茶苦茶そのゲームとキャラが好きで、10万かけてでも最強にしたいと思ったことは、別に誰かのためにやったことではないと思います。

ただ、頑張った成果とかけた金額は皆に知ってほしい!それくらい好きなんだ!
とその人はアピールしたいだけ。

見てほしいという気持ちと、見せつけたいという欲求は違うはずです。

もちろん言い方が悪いなどの理由もあり、反感を買ってしまう人は沢山いると思います。アピールすることはそのように捉えられかねないことでもあると思います。

しかし、本来であれば、それを「凄い!良かったですね!おめでとうございます!」と認めて、褒め合って、高め合うことが、原初のオタク達が楽しくやっていた頃の感情に繋がっていくはずです。

それについて否定的に見てしまう人が多くなっているのだとしたら、それは凄く悲しいことではないかなと感じます。

3.愛の小さい人ほど他人の行動に難癖を付けたがる

過激に行くぞ。

僕は結構愛の重いオタクです。
このブログでも特定のアーティストや特定の作品、監督についての記事を書き、バズらせた経験があります。

『進撃の軌跡』をまだ聴いていない『進撃』ファンへ。14,000字ロングレビュー

『楽園への進撃』をまだ聴いていない『進撃』ファンへ。10,000字ロングレビュー

【キンプリ】菱田監督の創作スタンスと一部女性オタクのすれ違いについて

記事は紹介しておきます!

はっきり言ってお金をかけたレベルで言えば、僕は物凄いファンではないかと思います。箪笥も壁も買ってません。しかし、そうでないところで愛を表現したいと思い、一生懸命文章にしたためて、周りにそのアピールをしています。

結果、書いたものについて「愛に溢れてる」などの感想を頂くことも多く、本当に嬉しい限りです(過去の栄光を書いていることも「マウンティングですか?」と言われたりしたらやって行けない…)

なので、僕は他人がここで言うマウンティングを取るようなことをしていても「すげぇな」と思ってしまうことの方が多く、あまり気にしたことがありません。好きなものにはそれだけ愛を貫いている自信があるからです。

他人がしていることに「お金をかけた方が偉いってこと?」「長く楽しんでる方が偉いってこと?」などの感情を抱いてしまう場合、言い辛いことですが、恐らくあなたはその時点でその人に「愛の大きさ」で負けています。

無意識のうちに他人と自分を比較して、敗北感を味わってしまっているのです。

それを「あいつはマウンティングを取ってくる。愛の大きさってそういうものじゃない」とか言っているのも、僕はやっぱりおかしいと思います。別にそれに負けないくらいストレートに愛を向けていれば、そのような感情に気を取られる必要はありません。

これは受け取り方の方に大きな問題がある事例だと思います。

実際に頭のおかしい煽りをする人はいます。
煽られることもあれば煽り返すこともあるでしょう。

でもそれとまとめて、他人の努力やかけた情熱を否定し、鬱屈した感情をぶつけてしまったら、それはもう愛とは言えないでしょう。自分の小さな愛が押し潰されないように、他人を貶めようとしているだけですから。

それはとても醜く、浅ましいことです。
その時間を使って、自分の愛をより大きく表現する方法を磨いていけば、こういったマウンティング問題はここまで大きないざこざに発展することはないでしょう。

一朝一夕で何とかできることではありませんが、続けていればできるようになります。僕もバズるような文章を書けるようになるまで、10年くらいかかっています。極めて鈍足です。今は何とか自分の愛の大きさを等身大表現できる技術を得ているので、心穏やかに色んな物を自分のペースで楽しむことができていますよ。

鬱屈した感情を持つことは悪いとは言いません。
むしろろ敗北感を味わうことは大切なことです。それは大きなステップアップへの鍵になります。

他人の行動に難癖を付けたくなるくらいあなたがその作品を愛しているのなら、その気持ちを是非表現や追っかけに使っていきましょう。
それを認めてくれる人は必ず周りに増えていくと思いますよ。

まとめ

以上、オタクのマウンティング問題への所感です。
他にも思うところはありますが、今回は受け手側の認識の問題を重点的に語らせてもらいました。

誤解なきよう再三言いますが、本当にマウンティングを取っている人はいます。そういう人には単純にそういうことをやめてもらいたいとも思っています。それがなければ、こういうすれ違い自体減るわけですからね。

でも実際は、言葉で片付けられるほどに簡単な話ではない。こういった状況に鬱屈した感情を必要以上に爆発させる人も沢山いるものと思います。

元々オタク文化というのは、色んな観点から鬱屈した何かを持っている人がハマりやすいものですから、そういうことを執拗に意識してしまう人間性の方も多いでしょう。

そんなものに引きずられてしまうのは、あまりにも悲惨な状況です。厳しめな意見も書きましたが、この記事が1人でも多くの人の気持ちを前向きにさせられるものになっていたら良いなと思います。

好きな作品は好きなように楽しむ!そこに貴賎はない!
その気持ちを大切にして行けたら良いと思います!

今回はこの辺りで失礼致します!それでは!

スポンサーリンク

スポンサーリンク

あなたにオススメの記事

1

さて、仕事を辞め、物書きとして生きるチャレンジを始めた僕なのですが。 そもそも物書きで生きると言っても色々あるわけです。 例えばネットライティングの仕事。 こちらはクラウドソーシングなどで探せば(報酬 ...

2

ヤバい人だらけなんですよ。いや本当に。 観光地で周りを見渡したら視界に絶対1人はいます。 しかも警察に一切取り締まる気がないのでほぼ野放しです。 警察は暴動とか大騒ぎが起きて初めて動くようで、こういっ ...

3

28歳から料理に挑戦して1年半、一応そこそこ食えるものが作れるようになってきたという頃合いの僕なのですが。もう何よりいつも考えるのは、ご飯を作ることより食洗機の購入ですね。 食洗機欲しい!持ってないけ ...

4

結婚式シリーズもこれで10記事目。 1段落ということで、最後に感想記事を書いてみようと思います。 最近は金銭効率的に無駄扱いされることも多い結婚式。 実際やってみて思うことを赤裸々に書いて行きます。 ...

-ゲーム/アニメ/映画, ニュース考察
-,

Copyright© HatsuLog , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.