【キンプリ】菱田監督の創作スタンスと一部女性オタクのすれ違いについて

   

マジなめんなよ2017

菱田監督の過激発言により、一部が何かと混迷しているキンプリ界隈。
「何とも悲しいすれ違いだなぁ」と思いながら眺めております。

作品愛というのは様々な形があって然るべきであり、怒っているファンも監督も同様に愛を持って作品について語っていることは相違ない事実だと思います。
ただ、故に分かり合えないと言うか、愛の敵は異なる愛ということもきっとあるのだろうという空気は感じ取っています。

男性ファンの僕は騒動の捉え方に大分差があるとは思いますが、逆に客観的に見れることもあるでしょう。
自分が悲しいすれ違いだと思う理由を書いて行こうと思います。

主題は女性オタクに主に見られる特徴と、創り手としての菱田正和の主義主張の違いについてです。

男性目線で訳知り顔で語っていくところも出てしまうかもしれないので、受け付けないなと思ったらその時点でブラウザバックして叩いてくれて良いですヨ。
批判は甘んじて受けます(ただしブロックの基準を決めるのは俺だァ!!)

この騒動で色々悲しい思いをしている人達が、少しでもキンプリを好きでい続けてくれる一助になればと思います。

なお、この記事を読んでいる方は一連の騒動についてある程度知っているものとし、詳しい経緯は省略します。
加えて、韓国版レインボーライブの内容からコウジといとの恋愛描写が抜け落ちていることによる一部韓国ファンの認識違いについては、詳細不明であることも考慮し、この記事では触れないものとします。

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アドセンス

女性オタクの特徴について

早速訳知り顔で語る。

まず第一に、オタクというのは男女問わず結構面倒臭い生き物であり、自分の領域(好きな作品)を汚されることを極端に嫌います。
これは様々な理由はあると思いますが、一般社会における劣等感がどこかしらに表出しているという点で共通しています。

個人個人の楽しみ方については男女に大きな差はないですが、大きく違いが出るのは寄り集まった時です。
SNSの発展により、同族と連帯しやすくなった昨今ではこの違いは大きく出ていると実感しています。

具体的に言うと、男性は寄り集まると暴走しますが、女性は寄り集まると秩序を求めます。
これはキンプリで言えば応援上映というコンテンツの在り方によって象徴されていると思います。
実際男性向け作品の応援上映は一部作品で大規模なやらかしがありましたし、現在では大きく行われておりません。

当然これは「傾向」であり、全ての人がその性別の特性に依存した行動を取るわけではありません。
私は違うとかそうじゃない人もいるというのは当たり前。「比較的多い」くらいのイメージで読んで下さい。

女性オタクのこの秩序を重んじる傾向はファン同士の大きな連帯感を生みますが、同時に楽しみ方による区分けも細分化されて行きます。
同じ作品のファンの中でも許せることと許せないことが人によって違い、ファン同士のいがみ合いや不可侵の了解が生み出されていることも多いです。
これが女性オタクがジャンルごとに複数のアカウントを使い分けている理由であったり、俗に言われる「地雷」と呼ばれる文化によって象徴されていたりしますね。

秩序を求めるあまり、その秩序に反する価値観を持つ人を排除した小さなコミュニティが数多生み出されます。
自分の主張が許される範囲の中で、ひっそりと豪快に自分の趣味を楽しむのがスタンダードです。
二次創作が極めて活発に行われる土壌もこの秩序ありきの自由があってこそかと思います。

しかし、この楽しみ方には当然弊害もある。
それは自分が好きな物しか受け入れない(嫌いなものを受け入れない)という思想が強まっていくことです。

受け手として作品を楽しむ以上、自分が楽しくなければ意味がないという価値観も相まって、閉鎖的且つ排他的な思考に陥る人が非常に多い。
例えば「愚痴垢」を作っていた人達は、それ中心のコミュニティを作り、その秩序に基づいて行動している。

それがたとえ公式側の発言であったとしても、自分の楽しみを否定する発言は許されない。
自覚の有無という差はあれど、そう思っている人も沢山います。

自分が認められないことを押し付けられるのは苦痛であり、それをする人間は誰であり「配慮が足りない」ことになる。
文句を言う人の周りには文句を言う人が集まるので、その範囲内では一連の発言は正当化され、意見として価値を持ちます。

これが女性オタクの結び付きによって生まれる受け手としての本質的な強さです。
今回の騒動はまず、こういった女性オタク全体が持つ一定の楽しみ方に対し、断定且つ否定を多分に含んだ菱田監督の発言がそのまま「地雷」であったことが最大の問題と言えるでしょう。

僕は正直言って個人的にこういった女性の理不尽にも近い攻撃的な空気は得意ではありません。
何にでも「配慮させ」たがるのは間違っているとさえ思います。
自分の都合の良いように解釈し、愛を持っているからと言って何をしても良い、何を言っても良い、作品を私物化しても良いと言わんばかりの行動は、在りし日の速水ヒロを彷彿とさせるなぁと。思い当たる節がある人は本当にごめんなさいしよう。

ですが、キンプリは少なくともそういった女性の力によって持ち上げられた作品であり、応援上映もそれなくして盛り上がることはなかったと思っています。
今回の件に関しては、菱田監督にもそういうところはやっぱり本当の意味で「配慮して」あげてほしかったなぁとは思います。
女性オタクの作品の楽しみ方と言うのをもう一歩踏み込んで理解してあげても良かったのではないかと。

キンプリは全人類向けアニメで、キンプラは男心を震わせる素晴らしい作品ではありますけども、やっぱりこの作品を根本的に支えているのは女性だと言うことにはより強く意識を回してほしい。
それが作品を盛り上げることに直結しているのは確かですから。

監督 菱田正和の創作スタンスについて

怒っているオタクの方にはこっちを読んでほしい。

この項を書くにあたりまず言っておきたいのは、僕は基本的に菱田監督擁護派です。

それは彼のクリエイティブな魂が一連の発言や行動からありありと見えるからです。
この点は批判されても仕方がないが、非難されるべきではない。

僕も創作者の端くれとして、彼の持つ葛藤やメンタリティには一定の理解が及びます。
二次創作オンリーであったり、受け手としてしか作品を楽しんでいない人には、ゼロから作品を生み出すことについてどうしても理解に相違が出てしまい、それは争いを生む原因の一つと言えるでしょう。

菱田監督は創り手として配慮をすべきだったとは思います。
でもそれをしなかったのは彼の創り手としての矜持によるものです。
「しなかった」と言うより「できなかった」と言う方が正しいのだと僕は思っています。

何故ああいうことをしてしまう(言ってしまう)のかは、一ファンとして僕なりに伝えさせてほしいです。
この項を読んで、監督の発言に納得してない人が少しでも「なるほどな」と思ってくれたら良いなと思います。

まず菱田監督は、数ある創り手の中でも取り分け自作品への愛が深いタイプだと思います。
これは内容だけでなく、キャラクターへの愛の大きさであったり、関わったスタッフへの愛の大きさにも直結しています。

彼は非常にファンとの距離が近く、発言も行動も身軽です。
本人が自分の作品のオタクであるかのように振る舞うことも多く、自分の作品を誰よりも楽しんでいる男と言っても過言ではない。

その距離感が人気の秘訣でもあり、間違いなく作品の良さにも繋がっています。
オタクの心を一番掴めるのは力を持ったオタクであり、キンプリは明らかに受け手の心に寄り添った創りになっている作品です。
菱田監督が作品創りに天才的な力を発揮できるのはこのスタンス故です。

こういった自作品を子供や自分の分身のように捉える、情に厚いタイプの創作者は案外少なくなく、それだけ熱意に満ち溢れた心に直に響く作品を生み出してくれていたりします。

その長所の中に、このタイプの方々が抱える大きな難点があります。
それが今回の騒動にも繋がる部分です。

自分の作品を愛するがあまり「超えてはいけないライン」が明確になってしまっていること。

自身の創作物への自信から、絶対に譲れないものが創作者自身の中で設定されているのです。
正にこっちはこっちで「この作品を一番上手く表現できるのは俺だァ!」という感じ。

ただ、本来、幾ら情に厚くても、この気持ちを強く持ち続けられる人って多くはないのです。
創作者を長く続けていると、色々な作品に触れる過程で、自分以上だと思えるものに出会ったり、他人の息がかかった自分の作品が、自分が思っている以上の形となって表に出ることが必ずあります。

その時「自分の価値が絶対ではない」と気付くのと同時に、自分の作品に対する多様な解釈への許容範囲も自然と拡がっていくことが多いです。なかなかその強さを持ち続けられないものだと思います。
受け手が思う「理想的な創作者」とは恐らくそういった経験を経た寛容な人物像に近いものがあり、そのせいもあって、自作品の二次創作などにあまり文句を言わないのが当たり前だと思われている節があります。
逆に、その熱意を持ち続けている菱田監督のような方が「創作者として狭量」などと言われてしまう始末です。

ファンの在り方の一部を「許せない」と言ってしまう菱田監督は、受け手にとっては窮屈な思いをさせる人間であり、文句が噴出するのは今の日本のアニメ市場を考えれば致し方ないことかもしれません。
しかし、それだけ厳しい発言が出るということは、自分の作品に大きな自信と熱意を持っており、魂を込めて創っていることの裏返しなのです。

ここまで読んでピンと来た方はいるかもしれません。
そうこのスタンス、前述した女性オタクの性質とビックリするほど噛み合いません。

自分達が楽しめるコミュニティを確立して好きにしていたら、創り手側に怒られた!
これは彼女達にとって、急に空襲されたような気分に陥ってしまうのでしょう。
この作品には好きに楽しむ権利もないのかと、思ってしまうのも無理はありません。

創り手が譲れない部分をどうにかして作品を楽しもうとするファンも存在するという事実は捨て置くべきではないですが、その一部の人達のために創り手に矜持を曲げることを強いるのもハッキリ言って意味不明なんです。

だから、この手の創作者が女性向けコンテンツの頭になると、今回のような事件は絶対に避けられない悲劇となってしまいます。
受け手も創り手も双方間違っているわけではない。ただ問題があるとすれば、一連の発言を問題と捉える小さなコミュニティが形成されてしまっていることで、それを依り代に情報だけが広範囲に飛び火してしまっているのが現在です。

なので、監督の発言を残念がる人達の気持ちも分からないわけではありません。
そりゃ何をやっても許してくれる人達の作品を安心して楽しみたいでしょう。
僕だって自分の好きな作品の作者はファンのやることに文句を言わない人であってくれたらありがたいと思います。

でもそれ自体がオリジナル創作者の厚意。我々はそれに甘えているだけなんです。
エンターテイメントはビジネスであり、それを楽しむのは=顧客ですが、金を払っているからと言って全てが自分達の思い通りになるわけではありません。
商品の仕様にない機能を求めるのは意見や要求となりますが、そこに「自分の思い通りにしろ」という旨が含まれているとすれば、それは理不尽なモンスタークレームと変わりません。

菱田監督は決してファンを蔑ろにしているわけではなく、ファンのことを考えて作品を盛り上げようという気持ちを本当に強く持っているのは今までの作品の経緯や監督の活動をを洗えば想像に難くないと言えます。

そんな人が「これだけは許さん」と言うことは果たして悪いことでしょうか。
それも「言論統制」になってしまうのでしょうか。
アニメ業界で熟達した経験値を持っている彼を持って、自分の作品の中にそういう部分があることは、寧ろ創り手としてとても誇り高い信念だと僕は思います。

創り手がそこまでして自分の想いを通したい点には必ず、相応に大きな理由があるもの。
それを考えもせず蔑ろにするのはファンの在り方として好ましくありません。

当然、考慮した上でそれをどうしても受け入れられない人もいると思います。
強い信念はそれと逆の価値観を持つ人を遠ざける。仕方のないことです。

そうであっても、どうかそれを「創り手のこだわり」として、一歩引いたところで見てあげてくれる人が少しでも多くなればなぁと思わずにはいられません。
菱田正和監督は、やはり一人の素晴らしい創作者だと思いますからね。

まとめ

創作者はファンあっての商売であり、やはりそのファンを楽しませるために全力を注ぐべき。
ファンの楽しみに水を差すようなことは極力するべきではありません。

しかしこれは創り手側がそう認識すべきことで、受け手側が主張すべきことはでないのです。
「お客様は神様だ」と同じです。

今回の件は間違いなく一定のファンを手放すほどの過激な行動だと捉えられると思いますが、実際問題、ファンに楽しんでもらうこととファンの顔色を窺ってヘコヘコするのは違います。

菱田監督は創り手としての自分の流儀を曲げない男です。
過去のマジなめんなよを見ていてもそれは伝わってきます。

それが一定のファンの想いとすれ違ってしまうことは絶対に避けられません。
でもそこで作者の方に過剰な我慢を強いるのもおかしな話です。

ファンが苦言を呈すのと同じように創り手がファンに物申す権利もあると思います。
それこそが物を自分で創造した者の特権でしょう。

様々な理由から、それを行使しない方は世の中に数多いと思いますが、発言をしたクリエイターがまるで悪人かのように一方的に叩かれる(叩いてい良いと判断される)のも理不尽だと思います。

創り手とファンが双方の在り方を尊重し合い理解し合うことが、良質な作品をより多く生み出し、より良質な(二次)創作の土壌の発展へと繋がっていくことでしょう。
今はファンが作者に手軽に意見や批判を言うことも簡単な時代です。
だからこそ、こういった関係性を今一度しっかり考えるべきではないかと思います。

正直この記事を読んで「何言ってんだこいつ」と思う人もいると思います。
でもその中に「まぁ、分からんでもない」と言ってくれる人が一人でもいれば嬉しいなと思います。

僕は、本当に極一部を除いて「嫌ならジャンルから出ていけ」とは思いませんが、わけも分からないまま傷付いて離れざるを得なくなるファンは出てきてしまうでしょう。

今回そうなってしまうかもしれない人達にも、どうかKING OF PRISMを嫌いにならないでほしいなと思っています。

この記事がどうかその一助となりますように。

 

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